研究課題/領域番号 |
22K06274
|
研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
横山 隆亮 東北大学, 生命科学研究科, 講師 (90302083)
|
研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | 寄生植物 / 進化 / フィトクロム / 光形態形成 / 吸器 |
研究実績の概要 |
寄生植物は独自の器官や形態・行動能力を獲得してきたが,その進化的な変化を遺伝子レベルで説明できた例は少ない。本研究では,ネナシカズラ属の茎寄生植物が寄生器官を獲得し,根や葉の発達しない独自の形態に進化した過程を遺伝子レベルで理解することを目指している。 ネナシカズラ属の茎寄生植物の形態と一般的な被子植物の暗形態との類似性などから,光形態形成の制御機構に着目したアメリカネナシカズラの研究を推進した。約百種の非寄生植物と新たにゲノムが解読された2種を含むネナシカズラ属4種の遺伝子情報を用いた解析を行い,非寄生植物では高度に保存されている光受容体フィトクロムA(PHYA)のPAS1ドメインにネナシカズラ属固有のミスセンス変異があることを確認した。モデル植物のシロイヌナズナでは, PAS1ドメインのミスセンス変異によって暗形態形成が誘導されることが知られており,本研究によって変異型PHYAとネナシカズラ属に固有の形態との関連性を支持する結果を得ることができた。さらにネナシカズラ属ではPHYAのシグナル伝達系で機能するLAF1などの制御因子が欠失していることを明らかにし,ネナシカズラ属のPHYAの制御機構が大きく改変されていることを示唆した。 アメリカネナシカズラの包括的な遺伝子発現解析を推進することで,寄生器官である吸器の宿主侵入時における宿主組織の分解とその制御に関わる遺伝子群を同定した。さらにこれらの遺伝子が他の植物種では器官脱離のための遺伝子のオーソログにあたることなどから,吸器の宿主組織の分解機能の起源が器官脱離における組織分解機能であるという結論に至り,この研究成果をFrontiers in Plant Science誌に発表した。また同様に,吸器の各機能が既存の他の植物機能に由来する可能性を示すことで,寄生器官の進化過程の解明のための新たな糸口を見出した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究プロジェクトの着想に至る研究でアメリカネナシカズラのPHYAのミスセンス変異を発見したが,他のネナシカズラ種ではゲノム情報がなかったことなどから,同様の変異がネナシカズラ属に共通のものであることを確認できず,ネナシカズラ属に固有の形態と変異型PHYAとの関連性には議論の余地があった。しかし新たにネナシカズラ属の数種で全ゲノム解読が完了し,また他の非寄生植物でも多くのゲノム情報が蓄積されたことから,網羅的な比較解析が可能になり,アメリカネナシカズラで見つかったPHYAのPAS1ドメインのミスセンス変異がネナシカズラ属に固有のものであることを確認できた。また同様のゲノム情報を利用して,ネナシカズラ属のPHYA制御モジュールの解析を進められたことで,ネナシカズラ属の変異型PHYA制御モジュールによる固有の形態の制御機構を解明するための研究を大きく進展させることができた。 時空間的な遺伝子発現の解析を詳細に行うことによって,ネナシカズラの形態進化の前提となる寄生器官の獲得の進化過程についても新たな着想を得ることができた。寄生器官である吸器の機能発現に関連する遺伝子群を解析したところ,吸器の多様な機能(宿主の認識,侵入など)は,それぞれ被子植物に既存の機能(刺激応答,細胞壁分解・細胞肥大化など)に由来することが示唆され,既存の様々な機能モジュールを繋ぎ合わせることで機能的な吸器が獲得されたと考えられた。 以上の結果から,当初は予想していなかった寄生器官の獲得経路と固有の形態の進化過程の解明を同時に推進できたものと考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
令和5年度は,さらにゲノム解読が完了した数百の植物種の遺伝子情報を利用し, PHYA関連遺伝子の有無・変異等を詳細に比較解析するとともに,包括的な遺伝子発現解析と共発現解析を推進することで,ネナシカズラ属に固有のPHYA制御モジュールの全容解明を目指す。 アメリカネナシカズラの変異型PHYAが暗形態形成の制御因子であることを実証するため,アメリカネナシカズラの変異型PHYAを導入したシロイヌナズナ形質転換体の作製を試みたが,この変異型PHYAの導入によってシロイヌナズナは致死または著しい成長阻害を引き起こすことが明らかになった。遺伝子構成の大きく異なる系統の植物種では,変異型PHYAが形態形成に阻害的にはたらく可能性があると考え,令和5年度は,近縁種のアサガオへの変異型PHYAの導入を試みるとともに,ネナシカズラ属のPHYA制御モジュールの研究成果をもとに,ネナシカズラ属に固有の変異・欠損などが確認された他のPHYA制御モジュール関連遺伝子(LAF1など)を同時に改変することで,ネナシカズラ属と同等のPHYA制御モジュールをもつ非寄生植物の形質転換体の作製を試みる。 令和4年度の研究成果から,吸器の各機能は,被子植物に元々存在する他の機能モジュールの制御機構の改変によって組み込まれたものと推定された。この仮説を証明するため,両者の制御ネットワークの相違点などを明らかにし,吸器が既存の機能モジュールの繋ぎ合わせによって多面的な機能を獲得した進化過程をシミュレーションする。
|
次年度使用額が生じた理由 |
アメリカネナシカズラの時空間的な遺伝子発現の解析を行ったが,様々な成長段階における個体の発現パターンを継時的に解析するための開花・結実後の成熟個体のサンプリングが継続中であるため,本サンプルからのRNA精製と遺伝子発現の解析を次年度の包括的な遺伝子解析と共発現解析のプロセスと並行して進める予定である。これらの解析と比較ゲノム解析によってネナシカズラ属に固有のPHYA制御モジュールの全容解明を目指す。
|