研究課題/領域番号 |
22K06310
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研究機関 | 東京医科歯科大学 |
研究代表者 |
松本 幸久 東京医科歯科大学, 教養部, 助教 (60451613)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | フタホシコオロギ / 長期記憶 / 加齢 / 嗅覚学習 / 次世代 |
研究実績の概要 |
「子の出生時の親の歳が、子の認知機能に関わる」という現象が、ヒトを含めたいくつかの動物種で報告されている。例えばヒトでは、高齢の親から生まれた子ではダウン症、統合失調症、自閉症のリスクが高まることが報告されている。その一方で、親が高齢である方が子の認知機能検査のスコアが高いという報告もある。このように親の加齢が子の認知機能に及ぼす影響が一貫していない理由の1つに、ヒトでは生物学的・遺伝学的な因子と社会学的な因子が複雑に絡み合っていることが挙げられる。この現象の生物学的・遺伝学的な要因を調べるためには、社会学的因子の影響が少ない昆虫などの無脊椎動物を用いる方がよいと思われる。 最近、申請者は昆虫のフタホシコオロギにおいて、「老齢の親コオロギから生まれた子では嗅覚報酬学習の長期記憶形成能が著しく低下する」という現象を発見した。ただし分かっていないことがまだ多くある。そこで本研究の初年度において、この「子の記憶能力に影響する親の加齢効果」現象が何世代まで続く現象なのかについて調べた。その結果、老齢コオロギの孫世代(2世代目)までは長期記憶形成能の低下が見られたが、さらにその子の世代(3世代目)では長期記憶形成能は正常なレベルにまで回復した。次に、子の記憶能力低下について、父親コオロギと母親コオロギのどちらの加齢の影響がより強いのかを調べた。その結果、母親コオロギの加齢が子の長期記憶形成能の決定に重要であることがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず、「子の記憶能力に影響する親の加齢効果」現象が何世代まで続く現象なのかについて、老齢コオロギの子(1世代目)から3世代目までの長期記憶を調べ、比較した。成虫脱皮25日齢の老齢コオロギから採卵し、孵化後の子コオロギ(1世代目:G1)を飼育し、成虫脱皮10日齢(若齢コオロギ)時に1回~4回の嗅覚報酬連合条件づけを行い、訓練1日後の長期記憶を調べた。そして記憶テスト後のG1から採卵し、孵化後の子コオロギ(2世代目:G2)を飼育する。この後の手順を繰り返し、G2およびその次世代のG3でも同様に記憶のテストを行い、3つの世代及び、対象群として別に飼育した若齢コオロギ群(Control: C群)と結果を比較した。その結果、G1群、G2群では長期記憶のスコアがC群と比較して有意に低下したのに対し、G3群はC群と有意な差がなく、長期記憶が正常に形成された。すなわち、「子の記憶能力に影響する親の加齢効果」現象は加齢親の孫の世代(2世代目)までといえる。 次に、子の記憶能に影響する親の加齢効果について、父親と母親のどちらがより重要なのかを調べた。まず老齢(成虫脱皮25日齢)コオロギのオスと若齢(成虫脱皮10日齢)コオロギのメスを掛け合わせた後に採卵し、孵化後のG1が成長して成虫の若齢コオロギになった時に嗅覚報酬連合条件付けをし、訓練1日後の長期記憶を調べた。その結果、通常繁殖下の若齢コオロギと同レベルの長期記憶を形成できた。一方、逆に若齢オスと老齢メスを掛け合わせて産まれたG1でも同様の手順で実験を行ったところ、長期記憶が全く形成されなかった。すなわち、母親コオロギの加齢が子の長期記憶形成能の決定に重要であることが示唆された。 以上のことから、本年度の達成度を「(2)おおむね順調に進展している」とした。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の2年目には、コオロギの嗅覚報酬学習で見られる「子の記憶能力に影響する親の加齢効果」現象について、嗅覚報酬学習以外の学習課題でも見られる現象なのかを調べ(実験①)、さらに、子の記憶形成能の低下を改善する方法を探索する(実験②)。 実験①について、申請者は嗅覚報酬学習の他に、報酬刺激(水)の代わりに罰刺激(食塩水)を用いる嗅覚罰学習パラダイムや、嗅覚刺激(ミント)の代わりに視覚パターン刺激を用いる視覚報酬学習パラダイムをすでに開発している。「子の記憶能力に影響する親の加齢効果」現象が嗅覚報酬学習だけでなく他の学習課題でも一般的にみられるものなのかどうかを調べるために、老齢親から生まれたG1で、嗅覚罰学習、視覚報酬学習、視覚罰学習訓練をそれぞれ行い、1日後の長期記憶を調べる。 実験②について、「子の記憶能力に影響する親の加齢効果」現象が親の生殖細胞の酸化ストレスによるダメージに起因するのであれば、抗酸化剤により予防できる可能性がある。メラトニンには強い抗酸化作用があり、申請者はメラトニンの長期投与によりコオロギの加齢性記憶障害が予防できることを見出している。そこで親コオロギ(G0)が成虫脱皮してから25日齢の老齢コオロギになるまでメラトニンを飲み水に混ぜて与え、採卵する。そのG1で嗅覚報酬学習訓練を行い1日後の長期記憶を調べ、記憶能の低下が改善されるかを見る。メラトニンに効果がなければ他の抗酸化剤(アスコルビン酸、グルタチオンなど)の効果も調べる。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)当初は初年度に行動実験だけでなくLC-MS/MSによる定量解析実験を行う予定であったが、コオロギの飼育頭数を増やし、行動実験で予想以上に興味深い結果が出たため、初年度は主に行動薬理実験に時間を割いた。そのため、LC-MS/MSによる定量解析実験を次年度以降に遂行することとし、実験遂行に必要な物品、薬品に使用する予定の金額(約23万円)を次年度に計上することにした。 (使用計画)「LC-MS/MSによる定量解析実験」に必要な物品(逆走カラム、バイアル瓶など)、薬品を購入する予定である。
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