研究課題/領域番号 |
22K06393
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研究機関 | 酪農学園大学 |
研究代表者 |
佐藤 喜和 酪農学園大学, 農食環境学群, 教授 (60366622)
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研究分担者 |
中谷 暢丈 酪農学園大学, 農食環境学群, 教授 (90423350)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | カメラトラップ / ヒグマ / 嗅覚コミュニケーション / 行動の複雑さ / 地域差 / 脂腺分泌物 / 揮発性成分 / 場の修飾 |
研究実績の概要 |
森林内で低密度単独生活し,乱婚の繁殖システムを持つヒグマの種内社会では,交尾機会獲得のためのメスをめぐるオス間競争,メスへのアピール,性特異的子殺し回避のための子連れメスによるオス回避,劣位個体による優位個体回避などのために,嗅覚コミュニケーションを活用していると考えられる。交尾期に主にオス成獣が行うマーキング行動―背擦りによる匂い物質を介した嗅覚コミュニケーション―に注目し,匂いを残すためのマーキング行動の複雑さ(Q1),化学物質により交換される情報の内容(Q2),そして他個体に効果的に情報を届けるための場の修飾(Q3)について,自動撮影装置による野生下での行動観察,匂い物質の化学分析により明らかにすることを目的に研究を行った。 Q1.マーキング行動の複雑さが地域間または個体間で異なる可能性とその意味を明らかにするため,ヒグマの生息密度が異なる5地域で,自動撮影装置を用いてヒグマのマーキング行動を観察し,複雑さ,持続時間を比較した。行動の複雑さや持続時間は地域間で差が見られたが,ヒグマの撮影頻度との間に単純な関係は見られなかった。今後撮影データ数を増やし,より詳しい比較を行う必要がある。Q2.マーキングにより交換される化学物質の分析のため,野外から6試料を回収し,試料中の揮発性成分の採取方法について予備的検討を行った。また過去に採取した脂腺分泌物の分析を行った。Q3.効果的コミュニケーションのための場の修飾を検討するため,森林作業中に傷付けられた木,および個体群モニタリングのために匂いで誘因を行っている箇所の周辺の立木に,新たなヒグマの背擦り行動が行われないか予備的観察を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1.マーキング行動の複雑さの地域間比較のため,先行研究に加えて新たに2箇所で野外調査を開始した。初年度は背擦りに用いられている木の探索にも時間を要し,カメラトラップによる行動観察の開始まで時間がかかったが,概ね順調に行動観察できた。2.嗅覚コミュニケーションに用いられている化学物質の特定のため,野外で新鮮な背擦り痕から揮発性匂い成分の採取と分析方法の検討を行い,手法的な目処がついた。3.効果的嗅覚コミュニケーションのための場の修飾については,野外実験の前に,森林作業や個体群モニタリングによる撹乱状況がコミュニケーションの場に影響している可能性について検討を始めた。特にヒグマを誘引しているモニタリング地点では,誘因地点の周囲の立木に背擦りによるマーキング行動が行われた痕跡が多く発見された。以上より,計画は概ね順調に進行していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
1.背擦り行動の観察のためのカメラトラップ設置調査を,昨年度実施した2箇所に加え,過去のデータ蓄積が少ない1箇所でも実施する。その際,冬眠明け直後からの行動観察を目標に,融雪を待たずにカメラ設置を完了する。撮影されたデータをもとに,地域間比較,背擦りに用いられる木ごとの比較,背擦り行動を行う個体ごとの比較などを行い,行動の複雑さに違いをもたらす要因を検討する。 2.嗅覚コミュニケーションに用いられる化学物質の揮発性成分を特定し,その特徴を明らかにするため,飼育個体から採取した腺分泌物,野外でヒグマにより背擦りされた痕からの試料採取,それら試料の適切な保管,および分析を継続して実施する。各分泌物の揮発性成分を捕集した上で有機溶媒に抽出し,ガスクロマトグラフ質量分析計で測定する。得られたマススペクトルからライブラリや標準物質による同定を行い,その量や組成について性齢クラスや個体間で比較する。 3.引き続き,森林作業や個体群モニタリングによる撹乱状況がコミュニケーションの場に影響している可能性について検討を継続する。特にヒグマを誘引しているモニタリング地点では,誘因地点の周囲の立木を毎木調査し,背擦りによるマーキング行動が行われた木と行われなかった木の分布や特徴を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定していた行動観察のための3月期のカメラトラップ設置が予定通り実施できず4月にずれ込んだため,次年度使用額が発生した。4月中旬にこの調査をすでに実施することができた。また,野外における揮発性匂い成分の採取を当初想定したよりも少なくしか実施できなかった。2023年度5-7月期の繁殖期に,2023年度予算と合わせて野外調査を行い,助成金を使用する予定である。
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