研究課題/領域番号 |
22K07077
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研究機関 | 東京農業大学 |
研究代表者 |
朝井 計 東京農業大学, 生命科学部, 教授 (70283934)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | セスキテルペン / 耐性菌 / 枯草菌 / 精油 / 細胞死 |
研究実績の概要 |
枯草菌の増殖サイクルを指標にして、精油に含まれるセスキテルペンやヤシ油に含まれるカプリル酸グリセリル等の天然成分が細胞壁合成のlipid IIサイクルを阻害し溶菌作用を及ぼすこと、その抗菌作用に対する耐性菌の出現が強く抑えられることが示唆されたため、その作用機構の詳細な解明を大きな目的としている。その達成に向けて、「応用性・汎用性の高いlipid IIサイクル阻害剤の探索」と、「対象の天然化合物が細胞死を誘発する機構の分子生物学的な詳細解析」を具体的な目標内容とした。 前者については、これまでベチバー精油のクシモール、サンダルウッド精油のサンタロールといった構造の異なるセスキテルペン化合物が同様の抗菌活性を示すことを国際学術誌にて報告した。セスキテルペンアルコールを精油から精製するのは煩雑な作業でありかつ、収率も低いため、市販の精油そのものを用いて、抗菌活性を検討した。市販のサンダルウッド同様、パチュリやヒノキもセスキテルペンアルコールの含量が高く、それらは同様の抗菌活性を示した。一方、モノテルペン系の化合物含量の高い、パルマローザ、カモミール・ジャーマン、ユーカリ・グロブルスの活性はそれに比して低かった。すなわち、モノテルペンの抗菌活性はセスキテルペンのそれに対して、有意に低いことが示された。 一方、後者について、カプリル酸グリセリルを用いて詳細に解析した。乳酸菌が生産するペプチド系抗生物質のナイシンはlipid IIに結合し細胞膜を破壊するという抗菌活性を持つことが知られており、カプリル酸グリセリルとともに細胞に与える作用を解析し比較している。細胞をスライドガラスに固定し、各試薬を添加した際に、細胞壁に欠損が生じ、細胞膜が外に露出することを顕微鏡下で確認した。この点においてカプリル酸グリセリルはナイシンと同様の活性を示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究実績の概要でも述べたように、「阻害剤の探索」と「抗菌作用の分子機構の解析」という2つの小課題を目的としている。1つ目の課題については、知見を広げるために、様々な化合物を試験することに際し、これまでの既報の解析のように精油から化合物を単離精製することは、効率が悪く高価であることから、市販の精油そのものの使用を検討した。市販の精油も、既報の精製セスキテルペンアルコールと同様の活性があり、解析に用いることができた。これにより、構造が異なるセスキテルペン化合物でも、同様の抗菌活性を持つ、また、モノテルペン化合物の活性は低いという結果を確認することができ、一定の研究の進展がみられている。2つ目の課題について、グルセロールと脂肪酸がエステル結合した化合物であるカプリル酸グリセリルは、構造が単純で入手が比較的簡単なので、この化合物を中心に作用機作の詳細な解析を試みた。カプリル酸単体では効果が低く、エーテル結合のオクチルグリセリルエーテルの効果は高いことから、カプリル酸グリセリル構造が効果的であることが判明した。また、既に社会実装されている抗菌剤であるナイシンは、本研究で解析中の化合物群と同様の細胞に対する抗菌作用を示しており、作用機作の解析が進んでいるため、ナイシン研究で実施されている実験手法をカプリル酸グリセリルに対して適応し比較解析することで、一定の成果が見られている。一方で、抗菌作用の一端と考えている、トキシン―アンチトキシン機構が関与する細胞死の誘発については、大腸菌などのグラム陰性細菌での解析例が多く、枯草菌のようなグラム陽性細菌については、いまだ知見が少ない。本研究においては、まずは対象の精油や化合物の範囲を広げること、ナイシンとの比較解析を進めたことにより、トキシン―アンチトキシン機構の解析は遅れ気味であるが、今後解析を進める予定である。
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今後の研究の推進方策 |
1)市販の精油も、既報の精製セスキテルペンアルコールと同様の活性があり、解析に用いることができる。市販の精油にはセスキテルペン、モノテルペン以外の化合物、フェノールやエステル化合物を多く含むものも多数存在するため、それらの精油についても同様の解析を実施する。古くから精油は、複数の精油を混合して用いられている。抗菌作用においても、複数の精油を混合することで、相乗効果や抗菌スペクトルの拡張がみられないか検討する。特に、結核菌と同属だが病原性が無く、結核菌のモデル菌としても解析されているグルタミン酸生産菌、コリネ型細菌に対しては、既報のセスキテルペン化合物は効果がないが、混合精油で効果が見られないか検討する。 2)これまでは細菌のRNA合成酵素のプロモーター認識をつかさどるシグマ因子のうち、種々のストレスに関わるシグマ因子の誘導を指標に、対象の化合物が細胞にどのようなストレスを与えているかの推定を試みてきた。センサー/レギュレーターからなるストレス応答系にも、lipidIIへの作用で応答する系があるので、これを用いて、作用を再検討する。また、細胞分裂を制御しているMinDタンパク質は、細胞膜が破壊され、膜電位が乱れると両極への細胞内局在性が失われる。ナイシンはMinDの局在に影響を与えるが、精油やカプリル酸グリセリルについて検討する。 3)「lipidII」の基盤となる化合物ウンデカプレノール2リン酸(UPP)の生合成系を遺伝学的手法により操作し、細胞内のUPP存在量の人工的な増減を試みることで、セスキテルペン化合物に対する感受性の変化を観察する。 4)精油の細胞死を一部回避する変異がpnpAに生じることがわかっている。PnpAは枯草菌のトキシン―アンチトキシン機構の発現を制御することが示唆されているので、pnpA変異の効果がトキシン―アンチトキシン機構を介しているのか解析を試みる。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)昨年度は新型コロナウイルスによる社会活動への影響が少なからずあり、学内での研究環境に大きな影響はなかったものの、研究成果の報告、並びに情報収集のために、参加を予定していたいくつかの研究会・学会、特に国際学会がオンライン開催となり、学会の現地参加のために計上していた交通費・宿泊費等の旅費が必要ではなくなり今年度分として請求した。今年度は「現在までの進捗状況」にも記したが、「おおむね順調に進展している」ため、試薬の購入だけでなく、学会に参加し研究成果を対面で発表し、出張の機会が増えるなど、今年度分の助成金は順調に消化したが、昨年繰越の分、差額が生じた。 (使用計画)ストレス応答の新レポーター等、新たな菌株の作製を行うための、遺伝子増幅に使用するPCR用試薬、オリゴDNAの合成等の消耗品・試薬の購入が大幅に必要になる。導入したDNAの塩基配列の確認、導入・改変遺伝子の発現変動の解析のためのDNA抽出キット、リシーケンス、RNAシーケンシングに必要な試薬・消耗品費、及び委託管理費に使用する。市販の精油を研究に用いられることが判明した。今年度種類としては、多種類購入したが、興味を引く精油に関しては大量に必要になることが考えられるため、その購入費とする。また、研究打ち合わせを活発に行うための出張費や、これらの解析結果の学会や研究会における発表と、論文作成を行う費用にあてる。
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