研究課題
ウイルス感染により生じる二本鎖RNAは、宿主の自然免疫応答を誘導する。一方、インフルエンザウイルスは二本鎖RNAを産生しないと考えられてきたが、これまでに我々は一部の感染細胞において二本鎖RNAが検出されることを明らかとしてきた。昨年度、二本鎖RNAはNS1蛋白質を欠損している感染細胞において検出されることを明らかとし、その結果、インフルエンザウイルスは感染細胞内でNS1により二本鎖RNAをマスクして自然免疫から逃れている可能性が示唆された。そこで本年度は、実際に感染細胞内で二本鎖RNAがNS1によりマスクされているのか、またこの二本鎖RNAが自然免疫応答を誘導できるのかを明らかにすることを目的に研究を行った。インフルエンザウイルスのリボヌクレオタンパク質(vRNP)はin vitroでループ状の二本鎖RNAを合成することを我々は明らかにしている。そこで、NS1によりマスクされた二本鎖RNAと結合したvRNPが感染細胞から精製できるか検討した。その結果、ループ状二本鎖RNAと結合したvRNPを精製することができ、感染細胞内でもin vitro同様vRNPにより二本鎖RNAが合成されることが確認された。しかしNS1によりマスクされた二本鎖RNAは観察できなかった。vRNP精製の際に用いた界面活性剤によりNS1が二本鎖RNAから外れてしまった可能性が考えられる。続いて、インフルエンザウイルスが合成する二本鎖RNAが自然免疫応答を誘導できるか検討した。その結果、核内で合成された二本鎖RNAはNEPにより細胞質へと輸送され、RNAセンサーであるRIG-I依存的に自然免疫応答を誘導することがIRF3の核移行を調べた実験により明らかとなった。これらの結果から、インフルエンザウイルスは自然免疫応答を誘導しうる二本鎖RNAを合成するが、それをNS1によってマスクしている可能性が示唆された。
1: 当初の計画以上に進展している
インフルエンザウイルス感染細胞でも二本鎖RNAが形成されることは昨年度までに既に分かっていた。しかし、二本鎖RNAが検出されるのは核であり、細胞質に存在するRIG-IなどのRNAセンサーによって認識されることはないと考えられるため、インフルエンザウイルスによって合成される二本鎖RNAは自然免疫応答には関与しないものと予想された。しかし、NS1欠損ウイルスを用いた実験により、核内で合成された二本鎖RNAはNEPによってvRNPとともに細胞質へと輸送されることが明らかとなった。さらに二本鎖RNAが細胞質に局在する場合、I型インターフェロン遺伝子の転写を制御するIRF3の核移行が認められた。この結果から、インフルエンザウイルスが合成する二本鎖RNAは細胞質に輸送されると自然免疫応答を誘導する可能性が示唆された。しかし野生型インフルエンザウイルスの感染細胞においては、二本鎖RNAはNS1を発現していない細胞で産生されるが、その細胞は同時にNEPも欠損しているため、二本鎖RNAは細胞質へ輸送されることなく核内にとどまり、RNAセンサーからの認識を逃れることができると考えられる。これはNS1とNEPが同じNS分節にコードされているために起こりえることであり、インフルエンザウイルスが巧みな戦術で宿主の自然免疫応答を回避していることを示唆している。以上の成果をまとめた論文を現在投稿中であり、当初の予定よりも進行していると判断した。
初めに、初年度に見出した最適な産生条件下、すなわち低ウイルス価での感染条件において、インフルエンザウイルスの二本鎖RNAの産生メカニズムについて解析する。具体的には、二本鎖RNA産生に関与するウイルスタンパク質およびアミノ酸を変異ウイルスあるいは変異vRNPを用いた解析により同定する。過去の立体構造解析の結果から、vRNPを構成するRNAポリメラーゼPB2またはPB1の幾つかのアミノ酸が、新規合成鎖を鋳型ゲノムRNAから解離させて一本鎖RNAにするのに重要であると示唆されているため(Wandzik et al.,Cell, 2020)、それらのアミノ酸に変異を導入したウイルスおよびvRNPを調製し、それぞれ免疫蛍光染色と高速AFMにより二本鎖RNAの産生について評価したいと考えている。また、二本鎖RNAの産生と局在に影響を及ぼす宿主蛋白質についても探索する。
前年度に続き主に免疫抗体染色法を用いて細胞内のウイルスタンパク質発現や二本鎖RNAの局在を調べた。これらに使用する抗体や消耗品などは前年度までに購入していたものが残っており購入額が少なかったため次年度使用額が生じた。次年度は変異ウイルス作製や高速原子間力顕微鏡を用いた研究を行う予定であり、関連する消耗品に使用予定である。
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PNAS Nexus
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Mol. Pharmaceutics
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