研究課題
ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-1)関連脊髄症(HAM)は、HTLV-1感染細胞に起因した過剰な免疫応答による脊髄の慢性炎症によって引き起こされる神経障害を特徴とする難治性疾患である。よって、その全容の解明がHAM病態の理解及びその制御には必須である。これまでに我々は、HTLV-1感染細胞が脊髄病変部において慢性炎症を形成する機構を証明してきたが、未だ、HAMの慢性炎症によって神経障害が誘導される機構は不明である。そこで本研究では、HAMの慢性炎症において中心的役割を果たすHAM患者免疫細胞(以下、HAM免疫細胞)と神経細胞、アストロサイトおよびミクログリアといった神経系細胞間の相互作用によるダイナミクス変化を明らかにすることからHAMの神経障害の成り立ちを理解し、HAM神経障害を標的とする有効的な治療法開発の礎となる病態基盤を明らかにすることを目的とし、令和4年度は、HAM免疫細胞による神経障害作用について解析を試みた。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、HAM免疫細胞による神経障害作用の解析を実施し、以下の結果を得た。(1)HAM患者PBMCによる神経障害作用の証明:健常者(HD)またはHAM患者PBMCと神経細胞株NB-1を共培養し、培養上清中の神経細胞の損傷マーカーであるニューロフィラメント(NF)濃度の上昇を確認し、HAM-PBMCによる神経細胞障害活性を証明した。(2)HAM患者PBMC培養上清による神経細胞障害の証明:HDまたはHAMのPBMCの培養上清をNB-1の培養系に添加した際に放出されるNFを比較解析し、HAM患者PBMC培養上清による神経障害活性を証明した。また、HAM-PBMCは、培養に伴い炎症性サイトカイン(IFNγ、TNFα)を過剰産生する特徴を有するが、HAM患者PBMC培養上清による神経障害作用が抗IFNγ抗体または抗TNFα抗体により阻害されることを示した。(3)HAM患者PBMC培養上清による神経細胞変化:HAM患者PBMC培養上清によるNB-1細胞障害時に発現変動する遺伝子についてnCounter Analysis system(NanoString社)を用いて神経炎症(免疫、炎症、神経生物学、神経病理学など)に関連した770遺伝子について網羅的に解析し、HAM免疫細胞により誘導される神経障害での細胞内応答の特徴を明らかにした。以上の結果から、HAM免疫細胞または培養上清は神経細胞を障害する作用を有することを示し、HAM病態形成に関与し得ることが予想された。また、その活性にはHAM免疫細胞に起因する炎症性サイトカインが作用していることを明らかにした。従って、HAMにおける過剰な免疫応答の抑制が神経障害の制御に有効と予想された。
今後は、神経障害におけるHAM免疫細胞と神経細胞、アストロサイトおよびミクログリアといった神経系細胞間の相互作用によるダイナミクス変化を明らかにするため以下の解析を予定する。(1)神経障害における HAM免疫細胞とアストロサイト/ミクログリア間の相互作用の解析:アストロサイトとミクログリアは神経に対する作用の違いから、神経障害型細胞(A1アストロサイト、M1ミクログリア)または神経保護型細胞(A2アストロサイト、M2ミクログリア)に機能変化する。よって、HAM免疫細胞が神経障害型細胞への変化を誘導し、神経細胞障害に対して協調的に作用するかについて検討する。(2)HAM脊髄病変部における細胞間相互作用の解析:病理組織切片上における複数種類(40種以上)の発現因子を検出することで組織内の各種細胞タイプについてシングルセルレベルで詳細分離する微小環境マルチプレックス空間解析システムを用いてHAM患者病変部におけるHAM免疫細胞と神経組織内細胞との空間的相関関係を統合的に理解する。(3)神経細胞障害を標的としたHAM治療薬の開発:本研究で確立される「HAM-PBMC + NB-1 + U251 + HMC3」の解析系を用いることによりHAMによる神経障害を標的とする治療薬の探索・評価を初めて可能となる。我々は、これまでにHAMにおけるHTLV-1感染細胞において特異的に発現変化する遺伝子の網羅的探索解析を実施し、その解析結果に基づきHAMの感染細胞において特徴的に亢進するシグナル伝達系を同定している。そのシグナル伝達系に対する阻害剤のHAM治療薬としての有効性を予想し、本解析系を用いて神経細胞障害を指標とした治療薬としての有効性を評価・証明する。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 3件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 3件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 2件) 備考 (1件)
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