研究課題
ヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV-1)関連脊髄症(HAM)は、HTLV-1感染細胞に起因した過剰な免疫応答による脊髄の慢性炎症によって引き起こされる神経障害を特徴とする難治性疾患である。よって、その全容の解明がHAM病態の理解及びその制御には必須である。これまでに我々は、HTLV-1感染細胞が脊髄病変部において慢性炎症を形成する機構を証明してきたが、未だ、HAMの慢性炎症によって神経障害が誘導される機構は不明である。そこで本研究では、HAMの慢性炎症において中心的役割を果たすHAM患者由来免疫細胞(以下、HAM免疫細胞)と神経細胞、アストロサイトおよびミクログリアといった神経系細胞間の相互作用によるダイナミクス変化を明らかにすることからHAMの神経障害の成り立ちを理解し、HAM神経障害を標的とする有効的な治療法開発の礎となる病態基盤を明らかにすることを目的とし、本年度はHAM免疫細胞によるアストロサイトおよびミクログリアの機能変化と協調的な神経障害作用について解析を実施した。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、以下の結果を得た。(1)HAM免疫細胞による神経障害性グリア細胞への機能変化:HAM免疫細胞によるグリア細胞の機能変化を明らかにするため、HAM-PBMC 培養上清を添加培養したアストロサイト細胞株(U251)、ミクログリア細胞株(HMC3)における遺伝子発現変化についてCounter Analysis system(NanoString社)を用いて神経炎症に関連した770遺伝子について網羅的に解析した。その結果、神経障害性のアストロサイトやミクログリアにおいて特徴的な遺伝子群の発現上昇が検出された。また、同様の遺伝子発現変化をリアルタイムRT-PCRにおいても複数例HAM患者PBMC培養上清を用いて確認した。(2)HAM免疫細胞とグリア細胞による協調的な神経細胞障害の証明:前年度、HAM免疫細胞およびその培養上清が神経細胞障害活性を有することを明らかにした。そこでHAM-PBMC培養上清と神経細胞株の培養にU251またはHMC3を共培養した結果、両細胞はHAM-PBMC培養上清による神経細胞障害を増強することが明らかとなった。(3)HTLV-1感染細胞の重要性:HTLV-1感染細胞除去作用を有するCCR4抗体(Mogamulizumab)処理したHAM-PBMC培養上清を用いてU251またはHMC3に対する作用変化を解析した。その結果、Mogamulizumab 処理HAM-PBMC培養上清では神経障害性アストロサイトやミクログリアに特徴的な遺伝子の発現誘導作用の減弱が認められた。以上から、HAM免疫細胞はHTLV-1感染細胞に起因して神経障害性のアストロサイトやミクログリアを誘導することで、間接的にも神経細胞を障害する作用を有し、HAM病態形成に関与し得ることが予想された。
本研究において次年度では以下の解析を予定している。(1)HAM患者病変部におけるHAM免疫細胞と神経組織内細胞との空間的相関関係を統合的に理解するため、病理組織切片上における発現遺伝子を検出することで組織内の各種細胞タイプについて空間的遺伝子発現解析を実施し、以下を明らかにする。①HAM脊髄組織環境における細胞間相互作用の解析:HAM脊髄病変部おける変性神経をとりまく神経組織内の各種細胞種とHAM免疫細胞との空間的な細胞間相互作用を解析し、神経障害におけるHAM免疫細胞の関わりを明らかにする。②HAM脊髄組織における細胞機能変化の解析:本年度の解析でHAM-PBMC培養上清添加によりNB-1、U251、HMC3において発現上昇が認められた特徴的な因子、神経障害性アストロサイトやミクログリアのマーカー因子を上記解析系に加え、HAM病変部にける各種細胞が細胞株に類似した神経障害性の機能変化をきたしていることを証明する。(2)「HAM-PBMC + NB-1 + U251/HMC3」の解析系をHAMの神経障害ダイナミクスを模倣するin vitro系としHAMによる神経障害を標的とする治療薬の探索・評価を可能とする。HAMにおけるHTLV-1感染細胞において特異的に発現変化する遺伝子の網羅的探索解析を実施し、その解析結果に基づきHAMの感染細胞において特徴的に亢進するシグナル伝達系を同定している。そのシグナル伝達系に対する阻害剤のHAM治療薬としての有効性を予想し、本解析系を用いHAM治療薬としての有効性を評価・証明する。
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