研究課題/領域番号 |
22K07786
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研究機関 | 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 |
研究代表者 |
藤田 真由美 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 量子生命科学研究所, 主幹研究員 (80580331)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 浸潤 / 放射線 / 放射線抵抗性浸潤細胞 |
研究実績の概要 |
我々はこれまでの研究にて、ある特定の細胞株では、細胞全体の中に一部「放射線抵抗性浸潤細胞」が存在することを明らかにしてきた。また「放射線抵抗性浸潤細胞」の特徴から、放射線に対する抵抗性や、浸潤・転移を抑制することにも成功している。しかし「放射線抵抗性浸潤細胞」の特徴につながるパスウェイはいくつもあるため、その全てを阻害するためには複数の阻害剤を使用する必要があり、臨床への応用を考えると現実的な抑制方法ではなかった。そこで本課題では発想を転換し、そもそも「放射線抵抗性浸潤細胞」はどのように出現するのか、メカニズムを解明することを計画した。遺伝的なバックグラウンドが同じ細胞株の中で、一部の細胞でのみ「放射線抵抗性浸潤細胞」が出現することから、エピゲノムの変化が関与するであろうことが予想できた。またメタボローム解析を用いた研究にて、「放射線抵抗性浸潤細胞」は全体の細胞集団と比較し、代謝産物の蓄積が顕著に異なることをすでに見出しており、中でもTCAサイクルの中間代謝産物の産生量の差についての意義は不明であった。TCAサイクルの中間代謝産物は、近年エピゲノムを変化させる上流因子として着目されている。そこで本研究では、TCAサイクルの中間代謝産物に焦点をあて、「放射線抵抗性浸潤細胞」への性質転換における意義を調べることとした。具体的には、まず①浸潤能力や放射線抵抗性の獲得を促すTCA中間代謝産物を特定する、次に②特定されたTCA中間代謝産物による性質転換(浸潤能力や放射線抵抗性の獲得)に、エピゲノムの変化が関与していたか明らかにする。さらに、③細胞の性質転換(浸潤能力や放射線抵抗性の獲得)でキーとなるTCA中間代謝産物の蓄積は、実際にこれまで見出してきた「放射線抵抗性浸潤細胞」で確認されるか明らかにする、ことを計画し、2022年度 (初年度) は①を中心に遂行した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2022年度(初年度)は、①浸潤能力や放射線抵抗性の獲得を促すTCA中間代謝産物を特定することを目的とし研究を行なった。まず、本実験に用いる細胞株を選択するため、ヒト乳癌細胞株6種、及び、ヒト膵癌細胞株6種の浸潤能力を調べた。その比較から、本実験には、浸潤能がほぼ確認されない乳癌細胞株2種(MCF7、BT474)、及び、浸潤能が顕著に低い膵癌細胞株2種(TCCPAN2、Suit2)を用いることにした。次に、それら細胞株に3種類のTCA中間代謝産物を24h又は48hそれぞれ添加し、浸潤能力の上昇を促すTCA中間代謝産物が存在するか調べた。その結果、3種類のうち2種類の代謝産物は、細胞に添加しても細胞浸潤能を変化させることはなかった。一方で、1種類の代謝産物については、全ての細胞株で浸潤能を上昇させる(細胞全体のうち、一部の細胞集団の浸潤能力を獲得させる)ことが確認された。すなわち、その代謝産物は、元々浸潤能力が低かった細胞集団に何らかの影響を及ぼし、結果として、一部の細胞に浸潤能を獲得させるという性質転換を促すことが示唆された(代謝産物の具体的な名称については未発表データのため明記を控える)。また、この代謝産物の添加によって浸潤能を獲得した細胞集団をトランスウェルから単離し、それらが元々の集団よりも放射線に抵抗性を示すか(放射線抵抗性の性質を獲得したか)検証したところ、代謝産物を添加する前の集団よりも、代謝産物の添加によって浸潤能を獲得した細胞集団の方が、X線に対し抵抗性を示すことを見出した。よって、この代謝産物は、浸潤能の獲得のみならず、放射線に対する抵抗性の獲得にも重要であることが明らかとなった。 本研究により、目的であった、浸潤能力や放射線抵抗性の獲得を促すTCA中間代謝産物を特定することができた。よって、「研究は概ね順調に進展している」とした。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度(2年目)は、今年度に同定されたTCA中間代謝産物による性質転換(浸潤能力や放射線抵抗性の獲得)に、エピゲノムの変化が関与していたか明らかにすることを目的とし研究を行う予定である。これまで用いてきた4種類の細胞株のうち、特に膵癌細胞株では、TCA中間代謝産物による性質転換(浸潤能力や放射線抵抗性の獲得)が顕著に確認された。そのため、2022年度はそれら細胞株に着目し研究を進める計画である。具体的には、TCA中間代謝産物により浸潤能力や放射線抵抗性を獲得した細胞集団をトランスウェルから単離し(単離する方法は既に確立済みである)、浸潤能力や放射線抵抗性を獲得する前の細胞集団と比較して性質転換後の細胞集団ではエピゲノムがどのように変化しているか、DNAのCpG領域のメチル化変化に焦点を当てた網羅的解析を行う。CpG Island 毎のメチル化率の算出をし、メチル化のレベルに有意差のある遺伝子領域の抽出を行うことで、どの遺伝子のどの領域のメチル化が変化したか検出する。また、メチル化解析で変化があった遺伝子については、その発現量が実際に変化していたかRT-PCRにて解析し、遺伝子発現変化と浸潤能や放射線抵抗性の獲得との関連性を調べる。さらに、メチル化の変化を促す酵素であるTETの阻害剤を用いることで、TCA中間代謝産物によるメチル化の変化を抑制させ、それにより代謝産物による性質転換(浸潤能力や放射線抵抗性の獲得)がブロックできるか検証する。 これらの解析により、代謝産物による性質転換(浸潤能力や放射線抵抗性の獲得)にエピゲノムの変化を介した遺伝子発現変化が関与していたか、明らかとなる。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初、2021年度に得られた成果から、2022年度の計画に向けた予備検討(TCA中間代謝産物により浸潤能力や放射線抵抗性を獲得した細胞集団の網羅的な遺伝子発現解析)を海外にて受託解析する予定であったが、新型コロナウイルスの関係で、受託解析に予定より長い時間を要することがわかった。年度内に納品できないことがわかったため、この解析に用いる予算は今年度ではなく次年度に使用することにした。
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