研究課題
エンハンサーに着目したシングルセル解析による膵癌細胞と間質細胞の共局在がもたらす悪性度獲得機構の解明と革新的治療標的の同定を行う研究計画である。 近年、消化器癌の生命予後は手術手技の改善や抗癌剤・新規分子標的薬の開発によって飛躍的に改善した。しかし、依然として膵癌は早期診断が困難な癌腫であ り有効な分子標的薬もなく5年生存率が10%と著しく予後不良である。膵癌が高い悪性度を呈する理由に関していくつかの特徴がある。1) 治療に資する有効なゲ ノム標的がない点:P53, KRAS, CDKN2A, SMAD4 が代表的なドライバーであるがこれまで有効な治療標的とはなり得ていない。2) 非炎症性腫瘍(cold tumor):癌 微小環境においてコピー数変異などが原因で腫瘍免疫応答をeditingして免疫寛容が誘導されている。3) EMT様組織:癌細胞が間葉系の性質を呈して浸潤傾向を 示すなど悪性度を高めている。現時点では、切除以外の抜本的な治療法が少ない腫瘍であり、これまでのゲノム変異情報に基づいた分子標的薬の適応を凌駕する 新たな視点でのアプローチが必須と考えられる。 本研究では、エンハンサーに着目しシングルセル解析を含めた新規技術を用いて膵癌における活性化エンハンサー及びその支配遺伝子の同定を目指す。エンハン サーの働きが膵癌の悪性度獲得の根幹である可能性が非常に高く、支配遺伝子をターゲットとした分子標的治療や転写機構を制御する創薬など、膵癌治療の新た な可能性を示すことができる。
2: おおむね順調に進展している
本研究の主な目標は、膵癌における遺伝子発現プロファイルの評価とその活性化エンハンサーの全ゲノムシークエンス上でのマッピングを通じて、全体像を明らかにすることです。膵癌組織における特異的なエンハンサーの同定は、これまでの研究とは異なる新しいアプローチから、膵癌形成における重要な遺伝子の選択を可能にします。現在、25例の全エクソームシークエンス(WES)と605例のRNAシークエンスを実施し、コード領域のゲノム変異プロファイルを取得しています。また、AMEDの「革新的がん医療実用化研究事業」の一環として、膵癌分野における全ゲノム解析研究に取り組み、300症例の癌部/非癌部ペアの全ゲノムシークエンスとRNAシークエンスを完了し、邦人の膵癌データベースの構築を進めています。さらに、最近開発されたNET-CAGE法とSingle cell GEX-ATAC seqを活用します。NET-CAGE法は、エンハンサーの活性化している領域の同定に役立ち、Single cell GEX-ATAC seqは、組織中の一細胞ごとの遺伝子発現とオープンクロマチン領域を同時に測定する画期的な方法です。現在、300例の膵癌症例の全ゲノムシーケンスの他に、膵癌細胞株8株と正常膵細胞株2例のNET-CAGE法の結果を所有しており、膵癌細胞と正常膵管細胞における活性化エンハンサー領域のデータを解析しています。
近年、エンハンサー制御機構は分子生物学分野の注目を集めています。しかし、公開されているATAC seqデータには膵癌データが含まれていないため、本研究では膵癌におけるエンハンサー制御機構の解明に新たな可能性があります。エンハンサーは、がんを含む様々な疾患に影響を与えることが報告されていますが、その機構の解明には最近ブレイクスルーがありました。特に、京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi)の村川泰裕教授らが発表したNET-CAGE法や、シングルセルRNA seqの応用であるscGEX-ATAC seqは、注目されています。これらの技術を駆使することで、膵癌細胞における真に活性化しているエンハンサーを特定し、エンハンサーとそれを制御する遺伝子を同定することが可能です。分担研究者である東京大学大学院新領域創成科学研究科の鈴木穣教授との共同研究により、膵癌における重要な細胞と悪性度獲得へのクロストーク遺伝子を同定する方法を探求します。これにより、膵癌における遺伝子制御機構を明らかにし、新たな治療標的の発見につなげることが期待されます。
次年度の実験消耗品に使用予定
すべて 2024 2023
すべて 雑誌論文 (8件) (うち査読あり 8件、 オープンアクセス 5件)
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