研究課題/領域番号 |
22K09946
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研究機関 | 奥羽大学 |
研究代表者 |
荒木 啓吾 奥羽大学, 歯学部, 講師 (50756674)
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研究分担者 |
川内 敬子 甲南大学, フロンティアサイエンス学部, 准教授 (40434138)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 細胞融合 / がん細胞 / 匂いシグナル / 嗅覚受容体 / PKA / アポトーシス / がん治療 |
研究実績の概要 |
「細胞融合」は骨格筋細胞・破骨細胞の分化過程や胎盤の栄養膜の形成時などにおいて見られる、生体の形成・維持に重要な生命現象である。一方で、悪性度が高いがん細胞の一部においても細胞融合は確認されており、がん細胞同士が融合することによって抗がん剤への耐性能、増殖能、浸潤能が向上することが知られている。「細胞融合」はがん治療において克服しなければならないがん細胞の獲得形質であるが、これまで細胞融合を繰り返すがん細胞株が樹立されていないために細胞融合の分子機構が明らかにできず、「がん」を克服する上で問題となっている。 研究代表者は独自に細胞融合を繰り返す細胞株を樹立し、細胞融合の分子機構を解明している。融合がん細胞株の遺伝子情報を解析した結果、ヒトに約400種類ある嗅覚受容体遺伝子のうちの1種類にミスセンス変異が確認できた。また、この変異型嗅覚受容体をがん細胞に遺伝子導入したところ、細胞融合を誘導できた。 「匂いシグナル」は鼻腔内の嗅神経細胞において嗅覚受容体に匂い物質が結合し、cAMPの量が増加することで活動電位が発生するシグナルである。近年、「鼻」以外の組織でも嗅覚受容体がシグナル伝達に関与していることが知られているが、融合がん細胞においても嗅覚受容体の変異によって「匂いシグナル」が活性化していると考えられた。実際にcAMPの増加によって活性化されるキナーゼ(PKA)が融合がん細胞において活性化していた。 PKAの活性は細胞骨格制御(細胞運動)、アポトーシス、細胞増殖など様々な細胞の動態を制御していることから、PKAの活性は悪性がん細胞の細胞融合や抗アポトーシス能に関与している可能性がある。以上より、匂いシグナルは融合悪性がん細胞を対象とした治療において有効な標的になると考えている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
細胞融合する悪性がん細胞株を独自に5系統樹立して、悪性がん細胞における細胞融合の分子機構を解析したところ、以下のような結果をこれまでに得た。 ①融合悪性がん細胞株の遺伝子情報と非融合悪性がん細胞株の遺伝子情報を比較した結果、5つの融合悪性がん細胞株に共通した変異として嗅覚受容体遺伝子の変異が同定できた。また、この変異型嗅覚受容体を遺伝子導入した細胞では細胞融合を誘導できることを確認した。 ②嗅覚受容体の下流のキナーゼ(PKA)の活性を調べたところ、融合悪性がん細胞株でPKAの活性化が確認できた。また、恒常的活性型PKAを導入した細胞において細胞融合を誘導できることを確認した。 ③PKAの活性化は抗アポトーシスに関与していることから、融合悪性がん細胞株の抗がん剤に対するアポトーシス反応を調べた結果、シスプラチン誘導性のアポトーシスに対して融合悪性がん細胞株は非融合悪性がん細胞より優位に抵抗性を示した。 以上より「悪性がん細胞において嗅覚受容体ーPKA経路(匂い経路)を通して細胞融合を誘導している」という仮説が得られた。また、これらの経路が融合悪性がん細胞におけるアポトーシス抵抗性に関与している可能性が示唆された。これらの知見より、一連の研究成果ががん治療における重要な標的になる可能性が示された。
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今後の研究の推進方策 |
研究代表者は細胞融合する悪性がん細胞株を樹立し、嗅覚受容体の変異によって惹起される匂いシグナルの活性化が細胞融合に関与している可能性を考えている。実際の臨床がん組織においても多核細胞が頻繁に観察されるが、これらの細胞においても嗅覚受容体に変異が見られるかを確認する。一連の培養細胞で行われている実験系と臨床がん組織との関連性を明らかにすることで、臨床的意義を明確にする。 また、非融合悪性がん細胞に比べて融合悪性がん細胞は抗がん剤(シスプラチン)によるアポトーシス誘導効果が弱いことから、融合悪性がん細胞における嗅覚受容体ーPKA経路の活性化がアポトーシス抵抗性に関与している可能性を考えている。そこで、PKA阻害剤をシスプラチンと併用することで融合悪性がん細胞においてシスプラチンの効果を増強できるかを確認する。 これまでに得られた成果は子宮頸がん細胞株を用いて得られた。そこで、一連の知見が口腔がん細胞をはじめとした他のがん細胞株においても適用できるかを確認し、研究成果の応用範囲を調べることで臨床的な波及効果を明確にする。 今後は「匂いシグナルとがん細胞」の関係を臨床的観点から詳細に解析し、匂いシグナルを阻害することで悪性がん細胞の抗アポトーシス能を弱体化させ、最終的に悪性がん細胞を効果的に死滅させる方法の開発へと発展させる方針である。
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次年度使用額が生じた理由 |
2022年3月の福島県沖地震により大学設置の蛍光顕微鏡に不具合が生じた。そのため、蛍光顕微鏡を使用した実験に遅滞が生じ、使用予定であった蛍光免疫染色法に用いる試薬類(抗体や蛍光物質など)を2023年度に購入することを見合わせた。現在は修理が完了しているため、購入を計画していた試薬類を2024年度に改めて購入する予定である。 機器の不具合により蛍光免疫染色法を用いた実験には遅滞が生じたが、その分の時間でウエスタンブロッティングなど他の実験を行った。そのため、1年目に予定していた実験と2年目に予定していた実験に若干の入れ替えが生じることになったが、実験計画全体としては問題なく遂行できる予定である。
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