研究実績の概要 |
抗癌剤を腫瘍に浸透させ十分な薬効を得る上で、腫瘍血管の脆弱性は大きな課題である。そのため腫瘍血管を正常化させることで抗癌剤の到達性を改善させる戦略が提唱されているが、その分子機構は不明である。私は、血管形成において必須のプロセスである血管内皮細胞の伸長機能に、転写因子FOXO1が重要な役割を果たすことを報告している(J Cell Sci.,vol 129,p1165-1178,2016)。また、これまで平滑筋細胞分化マーカーとして知られているTAGLN(SM22)が、血管内皮細胞の伸長に伴い発現し伸長機能の抑制に関与することを報告した(J Cell Sci.,vol 134,jcs254920,2021)。FOXO1遺伝子のノックアウトES細胞由来の血管内皮細胞は、VEGF(血管内皮細胞増殖因子)刺激による血管伸長機能を消失しており、正常な血管新生を示さない(J Cell Sci.,vol 129,p1165-78, 2016)。DNAアレイの解析により、血管伸長機能の消失に内因性PP1阻害因子であるPPP1R14C(KEPI)の発現減少が関与することが示唆された。そこで本課題では、培養系と動物実験を用い、FOXO1の標的遺伝子であり伸長機能を担う分子としてPPP1R14Cを同定し、FOXO1-PPP1R14C-ミオシン軽鎖2(MLC2)経路が血管新生に必須であることを明らかにした。MLC2はTAGLNとともに、病的血管内皮細胞において発現が大きく変化する因子として知られているが、その機能の詳細は不明であった。本課題における、血管伸長を調節する因子の同定は、血管新生の初期プロセスを制御し、血管構造を正常化するメカニズムの開発につながると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、主にヒト正常血管内皮細胞(HUVEC)の培養系とゼブラフィッシュの動物実験を用いて、PPP1R14CのFOXO1標的遺伝子としての可能性と血管新生における役割の解明を行なった。HUVEC において、siRNAによるFOXO1のノックダウンは、血管新生を抑制しPPP1R14Cの発現とMLC2のリン酸化を減少させた。この細胞にPPP1R14C遺伝子を導入したところ血管新生の抑制の回復が見られた。ヒトとマウスのPPP1R14C遺伝子についてレポーターアッセイ、またCUT&RUNアッセイを行うことで、PPP1R14Cのイントロン1の領域に存在する2つのFOXO1結合配列を同定した。PPP1R14C遺伝子は、FOXO1の直接的な転写調節を受けると考えられる。 in vivoでのPPP1R14Cの機能を解析するため、ゼブラフィッシュ胚を用い、モルフォリノオリゴヌクレオチド(MO)によるFOXO1またPPP1R14Cのノックダウンを行なった。FOXO1、PPP1R14C-ノックダウンはゼブラフィッシュの体節間血管(intersegmental vessel,ISV)の伸長を抑制し、尾部静脈叢(caudal vein plexus,CVP)の構造異常を引き起こした。in vitroの結果と同様に、FOXO1-ノックダウンゼブラフィッシュではPPP1R14C発現の減少が見られたことから、PPP1R14C mRNAの導入を行なったところ、FOXO1-ノックダウンによる血管長の減少が回復した。 これらの結果から、FOXO1がPPP1R14Cの転写調節を介してリン酸化MLC2の蓄積を促し、その結果アクトミオシンの相互作用が変化することで血管内皮細胞の細胞伸長が誘導され、血管新生が促進することが明らかになった。
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