研究課題/領域番号 |
22K11208
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研究機関 | 高知県立大学 |
研究代表者 |
横井 輝夫 高知県立大学, 社会福祉学部, 教授 (00412247)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | アルツハイマー病 / ADL / 意識 / 手がかり |
研究実績の概要 |
言葉をほとんど失った重度アルツハイマー病者が、表裏、前後、上下、左右を反対にしてブリーフやズボンを頭からかぶり、インナーシャツやTシャツを足からはく場面によく出会う。このような更衣も含め、整容、排泄、入浴、食事、移乗などの日常生活動作(ADL)は、練習して獲得した動作が言葉を介さず動作に再生される手続き記憶である。手続き記憶は、アルツハイマー病者にも保持されていることは示されており、言葉を失い概念を表象できない重度アルツハイマー病者も再生する可能性がある。それではなぜADL障害が起きるのか。研究者は、それは“形がなく存在を知覚できない概念を用いる動作”になると混乱するためであると推察している。そこで本研究では、“動作が再生する構えを誘導し、形がなく存在を知覚できない概念を用いる動作は介護者が介助”すれば、重度アルツハイマー病者のADLは遂行されることを証明することを目的とした。 しかし、そもそもなぜこのようなADL障害が起こるのか。2022年度は、その理論的背景を研究した。そこに様々なケアの場面に共通した理由と様々な場面に共通したケアの方法を見出せると考えたからである。2022年度はその成果を国際誌Gerontology and Geriatric Medicineにタイトル“Alzheimer’s disease is a disorder of consciousness“として発表した。また、科研研究としてではないが、自己意識の自己とは何者か、国際誌International Social Workにタイトル“A Good Casework Relationship and Buddhist Philosophy“として発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2022年度Gerontology and Geriatric Medicineに発表したタイトル“Alzheimer’s disease is a disorder of consciousness“では、アルツハイマー病が意識の病であること、とケアにおいては、目印などの手がかりが有効であることについて述べた。現在までの進捗状況を説明するために、アルツハイマー病を意識の病ととらえることの意義を述べる必要があるので、そのことについてふれる。 アルツハイマー病は記憶障害を主症状とする病と思われているが、記憶障害だけではADLに決定的な支障は生じない。頭部外傷や脳血管障害の後遺症のために重度の記憶障害が生じ、数分前のことを覚えておくことができなくても、こまめにメモをとって、子育てをし、家事をし、電車やバスに乗り、車を運転し、買い物をして暮らしている人がいる。つまり、記憶障害の自覚があれば、なんとか日常生活はできる。アルツハイマー病者では、自分で出金したのに、通帳を見てお金が盗まれたと思い込むなどの物盗られ妄想がよくみられる。もし記憶障害の自覚があれば、出金した日時や金額をノートに記録し、物盗られ妄想をいだくことはない。自覚、つまり認知機能が低下していることにたいする(自己)意識の低下が、アルツハイマー病のADL障害の根底にあるはずである。意識過程の重要な要素は気づきであり、目印などの手がかりが、アルツハイマー病者に気づきをうながし、ADLの遂行に有効にはたらくのである。 自己意識の低下したアルツハイマー病者のケアにおいて、手がかりの有効性を示したことは、当初の“動作が再生する構えを誘導し、形がなく存在を知覚できない概念を用いる動作は介護者が介助”することと組み合わせれば、ADLをスムーズに遂行できる可能性が広がる。そのような意味で、2022年度は概ね順調であったと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
上記の現在までの進捗状況で目印などの手がかりの有効性についてふれた。ここで手がかりを利用している3つの報告を紹介する。床に“TOILET“という文字とトイレの方向を示す矢印を貼りつける、自室のドアの前に自分の若い頃の写真を目の高さに置く、袖に腕を通す場所に目印をつける。この3報告とも、知覚と動作を結びつける手がかりが利用されている。“TOILET“という文字とトイレの方向を示す矢印を見るとトイレの方向に向かう動作が誘導され、自分の若い頃の写真を見ると自室に入る動作が誘導され、袖に腕を通す場所の目印を見るとその穴に腕を通す動作が誘導されたのである。気づきは意識過程の重要な要素であり、手がかりを見て気づき、動作が誘導されるのである。“TOILET“という文字とトイレの方向を示す矢印を見てトイレの場所を思い出したのではない。自分の若い頃の写真を見て若い頃のあれこれを思い出したのではない。袖に腕を通す場所の目印を見て、この穴の中に腕を通すことを思い出したのではない。 アルツハイマー病を記憶の病ととらえると、ケアを改善する方法は見いだせないが、アルツハイマー病を意識の病ととらえると、ケアを改善する方法が明確になる。 今後は、本研究の当初の研究内容である“動作が再生する構えを誘導し、形がなく存在を知覚できない概念を用いる動作は介護者が介助”すること、と気づきをうながす手がかりを組み合わせたケアの方法を具体化する。
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次年度使用額が生じた理由 |
2022年度は、本テーマの理論研究に時間を割き、実証研究までは進めなかったため。
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