研究課題/領域番号 |
22K11497
|
研究機関 | 東京都立大学 |
研究代表者 |
北 一郎 東京都立大学, 人間健康科学研究科, 教授 (10186223)
|
研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | 社会性 / 共感性 / 運動 / 機能的脳ネットワーク / 行動神経科学 |
研究実績の概要 |
不適切な社会性は集団の形成や社会的関係の構築を困難にし、さまざまな精神疾患の温床ともなることから、社会性を高める方略を確立することは重要な課題である。これまでの研究から、運動は脳に対して運動条件依存的な可塑的変化を引き起こし、精神機能に多様な恩恵効果をもたらすことが示唆されている。このことは社会性の改善・向上を達成するための方略としても、運動が最適なツールとなる可能性を示している。しかし、どのような運動でも必ず良好な効果が得られるわけではなく、特に脳機能(あるいは精神機能)に対する運動の効果においてこの点は強調される。また、ヒトを対象とした介入研究によって運動が社会性の形成・向上に寄与することは示唆されてはいるが、その効果は運動自体によるものか、あるいは運動活動に付随した社会的交流によるものか、といった問題も未解決のままである。そこで本研究では、「適切な条件での運動は社会性に関わる神経基盤を効果的に変化させ社会性の向上に寄与する」という仮説を立て、動物実験を用い、運動による社会性への影響を現象論だけでなく神経基盤の可塑性から解明し、それを根拠とした至適運動条件の確立および社会性を支える神経基盤について検討することを目的としている。この新たな課題に答えるために、免疫組織化学法および神経薬理法を適用し、本年度は、主として長期的な自発運動が他者の情動反応に対する共感性および向社会的行動に及ぼす効果について、行動変容と関連脳領域の神経活動の観点から解明することを目指した。結果として、長期的自発運動は、関連脳領域の活動に可塑的変化を引き起こし、共感性を高める可能性が示唆された。これらの結果は、運動がもたらす社会性向上効果の神経機序の解明と至適運動条件の探索に新たな洞察を提供するものと考えられる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究では、動物実験を用い、さまざまな運動条件による社会的行動の変容と神経可塑性の同時解析をもとに、その運動条件依存性を明らかにし、社会性を高める最適な運動条件を見つけ出すことを目的としている。本年度は、主として長期的な自発運動が他者の情動反応に対する共感性および向社会的行動に及ぼす効果について、行動変容と関連脳領域の神経活動の観点から解明することを目指した。したがって、本年度、実験で用いられた運動条件は、長期的自発運動(回転ホイール運動)のみにとどまっており、社会的行動および神経可塑性に対する運動条件依存性については、今後、研究を進めていく必要がある。本年度は、社会的行動モデルを用いた行動実験の観察から、長期的自発運動は社会性・共感性に影響する可能性が見出され、本研究の実験システムの妥当性と今後の研究の進行における有効性が確認された。行動変容と同時に検討する神経可塑性については、本年度、解析対象とした脳領域は、共感性に関わる主要な脳領域(オキシトシン神経系)のみにとどまっており、社会的行動における機能的脳ネットワーク同定に必要かつ妥当な脳領域数が若干不足している。これは、脳サンプルの神経活動を可視化する画像取込装置の機能性および解析用ソフトウェアの解析能力の不足によるところが大きく、その結果、画像取込・解析に予想を上回る時間を要しているためである。さらに、動物の社会性・共感性機能を反映する行動実験において一部妥当なデータが得られなかったため再実験・再解析を行う必要があり、それに伴い、計算論で求められた機能的脳ネットワークの生理学的妥当性および社会的行動との因果関係の検討に若干の遅れが生じている。
|
今後の研究の推進方策 |
本年度の結果から、長期的自発運動は共感性に関連する脳領域の神経活動に可塑的変化を引き起こし、社会性行動に変化を引き起こす可能性が示唆された。これらの結果は、運動がもたらす社会性向上効果の解明に新たな洞察を提供するものと考えられる。しかし、現段階で実験手技・方法にいくつかの問題点がみられ、これらについて実験操作の見直し、実験試薬の変更、結果の再検証などを通して改善していかなければならない。その上で、社会的文脈に関連する広範な脳領域の神経活動およびその感受性、機能的脳ネットワークについて継続して解析し、再現性のあるデータを収集するとともに、より精度の高い方法論の確立を目指す。さらに、これらの神経可塑性のデータと社会的行動変容の評価を合わせた行動神経科学的アプローチを用いて、脳機能に有益な効果をもたらす至適運動条件の確立に向けて本実験システムの応用可能性を高める。今後の研究推進方策としては、運動条件の変数として、社会的文脈(他者との親和性、集団・単独運動)を含め、強度、時間、様式(自発・強制)および運動期間(急性・慢性)を操作し、運動負荷にはトレッドミルまたは回転ホイールを用い、社会性行動の変容と神経可塑性の同時解析から、それらの運動条件依存性と因果関係について検討する。神経可塑性の解析としては、免疫組織化学法を用いて行動実験中の関連脳領域の神経活動を解析し、賦活化(あるいは抑制化)する脳領域(40部位程度)の空間的特性を同定する。さらに脳領域間の神経活動の共変動を相関分析により解析し機能的脳ネットワークを導出する。これらの行動神経科学的解析をもとに、運動条件の違いによる社会性への影響を明らかにし、社会性を効果的に高めるための機能的脳ネットワーク(神経活動の空間パターン)を効率よく誘発する至適運動条件の抽出を試みる。
|
次年度使用額が生じた理由 |
理由:本研究では、動物実験を用いて運動による社会的行動の変容および行動実験時における関連脳領域の神経活動の空間的特性の同定を試みたが、運動による行動変容および神経活動の反応に、一部、予想を上回る個体差がみられ、実験操作の見直し、実験試薬の変更、結果の再解析に再検討の必要が生じたため、それらを改善するための試行錯誤や実験方法の再確認に時間を要した。そのため、実験内容および結果が、若干、予備的段階にとどまり、予算についても一部は次年度に繰り越すことになった。 使用計画:現時点での実験手技・方法の問題点に関して、実験操作の見直し、実験試薬の変更、結果の再検証などを通して問題点を改善するために使用する。その上で、運動による社会的行動の変容および機能的脳ネットワークの運動条件依存性について継続して検証を行い、再現性のあるデータを収集するとともに、より精度の高い実験システムを確立するために使用する。方法論の妥当性を確立したのち、各種運動条件を適用して運動条件依存的な機能的脳ネットワークの可塑性について検討するために使用する。さらに、機能的脳ネットワークと運動による行動変容の因果関係について明らかにするための実験(免疫組織化学実験、トレーシング法、神経薬理実験)を遂行するために使用する。
|