研究課題/領域番号 |
22K11924
|
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
宮本 幸一 大阪大学, 量子情報・量子生命研究センター, 特任准教授(常勤) (90936270)
|
研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | 量子コンピューティング / 金融工学 / 重力波天文学 / バイオインフォマティクス / マルコフ連鎖モンテカルロ法 |
研究実績の概要 |
研究計画にて設定した各テーマにつき、実績は以下のとおりである。 テーマ①:微分方程式求解の量子アルゴリズムを用いたプライシングの高度なモデルへの拡張 量子アルゴリズムの出力状態から解を数値として読み出すことが主な課題であった。当初はプライシングの問題に特有の解決策を検討していたが、より幅広い問題に適用可能な手法を着想したため、これを研究した。当該手法は、関数近似の手法である直交関数展開と、高次元テンソルの近似手法であるテンソルネットワークとを組み合わせたもので、量子状態に埋め込まれた関数の近似を効率的に得ることを可能にする。我々は、手法を理論的に提示するにとどまらず、デリバティブプライシングの問題を例にとり、本手法を数値的にデモンストレーションした。 テーマ②:線型回帰の量子アルゴリズムを用いた最小二乗モンテカルロ法(LSM)の高速化 計画にて構想した手法と同様の手法が、別の研究グループにより公表されてしまったため(Doriguello et al., TQC 2022)、今年度は他のテーマに注力した。 その他、デリバティブプライシングにおいて使われるモンテカルロ積分の量子アルゴリズムの他分野への応用として、以下の研究を実施した。(1)重力波観測実験における検出器出力信号から、重力波のシグナルを抜き出すための量子アルゴリズムを開発した。(2)DNAやタンパク質等の生物学的配列から重要な部位を検出するための量子アルゴリズムを開発した。(3)統計的モデル推定等で用いられるマルコフ連鎖モンテカルロ法の量子アルゴリズムを改良し、膨大なデータを扱う場合の計算を高速化した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
テーマ①に関しては、当初想定していたデリバティブプライシング固有の手法ではなく、より広範な偏微分方程式求解問題、ひいては、量子状態から情報を抜き出すというタスク全般に適用可能な手法を構築した。さらに、具体的な問題を例にとり、本手法がワークすることを数値的にデモンストレーションすることで、本手法のProof of Conceptを行うことができた。このような点を鑑みれば、当初の計画よりインパクトの大きい研究が遂行できている。 金融を越えた他分野への応用については、当初は付属的な検討事項であると考えていたものの、異なる分野の研究者とのディスカッションを行う中で、さまざまなアイデアが創発され、複数の論文を発表するという形で結実するに至った。とりわけ、デリバティブプライシングにおいて多用されるモンテカルロ積分の量子アルゴリズムについては、他分野においても同様の構造の問題が多く存在し、量子的手法の適用により高速化が可能であることを見出すことができた。このような面で、当初の想定を大きく超えた研究の広がりを得た。 一方、テーマ②については、他の研究グループからの論文により、当初想定していたアルゴリズムと同様のものが先に発表されてしまったため、私の研究の成果とすることはできなかった。とは言え、研究コミュニティ全体としては研究の進展が見られたわけであり、今後の私の研究の中では当該手法の更なる発展を目指す。 総合すれば、様々な意味で当初の計画とは異なる経緯をたどったものの、現状では想定以上にインパクトのある成果が得られていると言える。
|
今後の研究の推進方策 |
テーマ①に関しては、今年度構築した量子状態からの関数読み出し手法が広範な問題に適用可能なものであることから、デリバティブプライシングならびに他の分野で更なるユースケースを探索していく。 テーマ②に関しては、当初想定していた検討対象である早期行使権付デリバティブ価格評価については、LSMに基づく量子アルゴリズムが他の研究グループから発表されてしまったが、当該手法は更なる発展の余地があるため、これを模索する。すなわち、LSMは、早期行使権付デリバティブ評価を包含したより一般的な問題のクラスである後退確率微分方程式(BSDE)にも適用可能であることが知られている。今後は、BSDE求解のアルゴリズムとして量子LSMを拡張することを目指す。 デリバティブプライシングを越えた分野への量子モンテカルロ積分の応用についても、更なるユースケースを発掘を試みる。金融においては、モンテカルロ積分はリスク計測などにも用いられ、量子アルゴリズムの利用も従前より検討されているが、実務において存在する多様な問題設定への適用可能性の議論は未だ尽くされておらず、本研究ではこれを進めていく。特に、統合リスク管理の文脈での量子アルゴリズムの利用は先行研究が見当たらないため、本研究にて検討していきたい。また、金融以外の分野への応用としては、今年度研究したバイオインフォマティクスへの応用を更に拡張していきたい。量子モンテカルロ積分が適用可能な生物学的データ分析タスクが他にも存在すると見込まれるためである。究極的には、より一般的なデータマイニング手法として、高速な量子的手法を確立することを模索する。
|