研究課題/領域番号 |
22K12342
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研究機関 | 国立研究開発法人海洋研究開発機構 |
研究代表者 |
増田 良帆 国立研究開発法人海洋研究開発機構, 地球環境部門(地球表層システム研究センター), 特任研究員 (40421911)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 北極海 / 植物プランクトン / 一次生産 / 馴化 / 海洋大循環モデル |
研究実績の概要 |
本年度は植物プランクトンが細胞内の炭素・窒素比を環境に応じて変化させるメカニズムを明らかにした論文がLimnology and Oceanography Letters誌に受理されており、この論文の中で北極海の炭素・窒素比の分布を示している。もし、将来の気候変動に伴って植物プランクトンの炭素・窒素比が変化すると、海洋が吸収する炭素量が変化する。我々は光合成による炭素獲得能力と窒素獲得能力のトレードオフを提唱した植物プランクトン生理理論を3Dの海洋生態系モデルに導入し、この理論が炭素・窒素比についての様々な観測事実を説明できることを示した。この3Dモデルを用いて計算を行うと、北極海が吸収する炭素量の気候変動に伴う変化を従来モデルより正確に見積もれると期待される。 トレードオフに基づく生理理論に基づいて開発された海洋生態系モデル(FlexPFT-3D)のシミュレーション結果を解析した結果、北極海の植物プランクトンは海氷のある場所と無い場所では生存戦略を大きく変えていることが分かった。海洋表層で、海氷が無い場所では光は十分にあるが栄養塩が不足する。このような場所では植物プランクトンは栄養塩獲得にリソースを割き、光獲得にはリソースを割かないので、細胞内のクロロフィル(葉緑素)含有量は低くなる。一方、海洋表層で海氷のある場所では栄養塩より光が不足する。植物プランクトンは栄養塩獲得より光獲得を優先するので、細胞内のクロロフィル濃度が高くなる。FlexPFT-3Dでは我々のグループの従来モデル(MEM: NEMURO+鉄循環)より、北極海のクロロフィル濃度の再現性が遥かに高いことは既に分かっていたが、今年度の研究で、生存戦略に基づいて細胞内のクロロフィル濃度を変化させるメカニズムが再現性を向上させていたことが分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初の研究計画では、本研究の実施者が北海道大学に在籍し、気象庁気象研究所で開発された海洋大循環モデル(MRI.com)と結合した実施者の海洋生態系モデルを北海道大学の大型計算機を用いて計算し、北海道大学のサーバを用いて北極海の解析を行う予定であった。実際には、実施者は2022年度4月から海洋研究開発機構に異動し、エフォートの大部分をさく業務は、東京大学と海洋研究開発機構で開発された海洋大循環モデル(地球システムモデルの海洋部分)に実施者の開発した海洋生態系モデルを組み込むこととなった。モデルの実行環境も地球シミュレータに変更となっている。今後の北極海のシミュレーションは主に海洋研究開発機構上で構築した環境上で行う予定であるが、環境の移行に一定の時間を要した。 既にMRI.comと結合した海洋生態系モデルで計算された北極海のシミュレーション結果は北海道大学のサーバに格納されており、今年度前半はリモートでサーバーにログインして解析作業を進めていた。しかし、今年度の後半にサーバーが故障し、復旧のための事務手続きに時間を要している。ただし、研究概要の実績に記したように、今年度前半の解析では従来モデルでは得られない、斬新な結果が得られている。
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今後の研究の推進方策 |
来年度の早い時期に北海道大学のサーバを修理し、MRI.comと結合した海洋生態系モデルの結果の解析を進める。共同研究者からは、モデルと観測データとの比較をもっと充実させた方が良いという指摘を受けており、海洋研究開発機構の北極環境変動総合研究センターの研究者に観測データについての協力を受ける予定である。 地球システムモデルに組み込む海洋生態系モデルについては、モデルを改良して北極海の再現性を向上させる。北極海の海洋生態系の再現に重要な一つのポイントは、太陽光が海氷を透過する際の減衰の表現である。古い物理モデルでは太陽光が全く海氷を透過しないものが存在する。実際には光強度の海氷厚に応じた減衰や、海氷上の積雪による太陽光の反射をモデルで表現する必要がある。海氷下の光強度が正確に計算されていないと、海氷下の光合成、ひいては一次生産の計算に問題が出る。現在、海洋生態系モデルを組み込んでいる地球システムモデルは、太陽光が海氷を透過しない設定になっている可能性が高く、改善が必要と考えている。北極海では海氷融解・河川からの淡水供給が栄養塩濃度の空間分布に非常に大きな影響を及ぼす。栄養塩濃度の空間分布が正確に再現されていないと、栄養塩濃度に制限を受ける植物プランクトンの光合成・それに伴う二酸化炭素の吸収を精度よく再現できない。海氷融解・河川からの淡水供給の与え方はモデルによって大きく異なるので、生態系にとって最適な設定になっているか検討を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の研究計画では、本研究の実施者が北海道大学に在籍し、北海道大学の大型計算機を用いて海洋生態系モデルの計算を行うことを予定していた。実際には、実施者が2022年度4月から海洋研究開発機構に異動した為、モデルの実行環境を北海道大学の大型計算機から海洋開発研究機構の地球シミュレータに変更する必要が生じた。実行環境の移行にはどうしても時間を要するため、2022年度の支出を予定していた計算機代が次年度に繰越となった。 今後の北極海のシミュレーションは主に地球シミュレータで行う予定であるが、北海道大学の大型計算機も使用するので、大型計算機利用料が生じる。また、北海道大学に設置してあるデータ解析サーバが2022年度に故障するという当初予想していなかった問題が生じたため、2023年度にはこの修理費用を計上する予定である。
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