研究課題
S-POD III号機を用い、低次非線形集団振動モードの安定性に関する研究を引き続き行った。研究代表者が提案している“コヒーレント共鳴条件”が含む定数因子(通称“C因子”)を実験的に決定するのが目標である。トラップ電極表面上の誘導電荷から3次コヒーレントモード(六重極集団振動)の振動数の直接計測を試みたが、予想通り、信号が微弱で十分な精度が得られないことが分かった。そこで、実験と並行して、実験状況を可能な限り正確に反映した多粒子シミュレーションを実施した。結果として3次モードに対する観測データを定性的に再現できることが確認され、C因子の決定に向け大きく前進した。線形加速器中の短バンチビームを想定した実験をS-POD IV号機で継続し、前年度の研究成果を補強した。測定点の数を増やすと共に、共鳴不安定化のビーム密度依存性を明らかにした。イオン蓄積時間を延長した実験では、外部誤差場の存在に起因すると見られる高次共鳴帯の存在も確認された。獲得した実験データは、コヒーレント共鳴条件の妥当性を概ね裏付けている。また、イオントラップの軸方向ポテンシャルに周期摂動を加え、同方向の集団運動(シンクロトロン振動)に対する影響を調べた。その結果、摂動が所定の長周期成分を含む場合、シンクロトロン共鳴が起こることを実験及び多粒子シミュレーションにより確認した。同様の実験はS-POD II 号機でも進められており、低密度の長バンチビームにおけるシンクロトロン共鳴が観測されている。観測データは3次元シミュレーションの結果と非常に良く一致することも確認済みである。
2: おおむね順調に進展している
本基盤研究が目指す「次世代大強度ハドロン加速器のラティス設計基準の確立」へ向け、必要な基礎的データ及び理論的知見が概ね順調に集積されている。過去数年の先行研究で得られた理論的枠組みの妥当性が本研究(S-POD実験及び関連する多粒子シミュレーションなど)を通じて確認されつつあり、とくに大きな支障は生じていない。今年度は、大強度線形ハドロン加速器の基礎設計に役立つ、楕円体ビームの安定性に関する物理情報が得られた。ここまでの研究成果は論文にまとめられ、米国の学術専門誌に投稿済みである。最終年度は加速によるエネルギー増大の効果を取り入れた解析と実験に着手したいと考えている。非線形共鳴や初期不整合に起因するビーム不安定化に関する理論的解析についても進展があり、これらの課題についても基礎研究を継続する。
実験面では主に、S-POD III号機及びIV号機を使った研究に注力し、S-POD II号機については少なくとも現時点では補助的な用途に回すことを考えている。既述の通り、3次コヒーレントモードに対するC因子の決定に関し、多粒子シミュレーションを通じて非常に有益な数値データが得られている。次年度は更なるシミュレーションデータを蓄積し、III号機で得られる実験結果との比較からC因子の実験的決定に結びつけたい。S-POD IV号機では、線形加速器において典型的な楕円体形状を持つビームの安定性に関する実験を継続する。これまでは加速器の動作点(具体的には、ベータトロンチューン及びシンクロトロンチューンの設計値)が固定されている場合のビーム安定性について掘り下げてきた。今後は動作点が大きく変動する場合も取り扱えるよう、IV号機の制御システムに改良を加える。円形加速器の動作点は通常動かないが、線形加速器では加速によるビームエネルギーの増大に伴って動作点が大きくシフトする。この際、動作点が低次共鳴帯を横断して粒子損失が発生する可能性がある。この一般的状況を再現する発展的S-POD実験の準備を進め、できるだけ早期にデータの蓄積を開始する。並行して、加速を考慮した多粒子シミュレーションも実施する。理想的な定常状態から著しくずれた初期粒子分布を持つ大強度ビームの安定性に関する理論的研究も進めており、有益な数値計算結果が得られている。初期不整合の大きさに依存して発生する“ビームハロー”は大強度加速器において深刻な問題となり得る。系統的な多粒子シミュレーションによりビームハロー形成過程に対する理解を深化させ、次世代大強度ハドロン加速器の設計指針に活かす。
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