研究課題/領域番号 |
22K12957
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研究機関 | 福島大学 |
研究代表者 |
岸見 太一 福島大学, 行政政策学類, 准教授 (40779055)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 入管収容 / 関係的平等論 / 認識的不正義 / 感情社会学 / 身体拘束 / 潜在バイアス / 移民政策 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、関係的平等論を用いて、入管収容所における医療放置という、日本の喫緊の問題に対する解決策を提示することである。日本の入国管理ルールに違反した外国人は、入国管理局の収容施設に拘束される。外国人収容者の医療措置を受けたいという訴えを、入管職員が誤って嘘だと判断した結果、収容者が適切な医療を受けられない事例が頻発している。この問題の解決策を考察するためには、潜在バイアスに関する経験的知見と、責任に関する規範的知見の双方を組み合わせる必要がある。 本研究の研究課題は、A入国管理と身体性についての基礎的研究、B入国管理における身体性と潜在バイアスに関わる経験的な先行研究の調査、C潜在バイアスと責任に関する規範的研究、D解決策に関する問いの四つに大別することができる。2022年度は主にAとBの研究を行った。 Aについて、I・ヤングの関係的平等論とP・ブルデューの身体性論、アメリカの入国管理政策に関するA・リード=サンドバルの論考をもとに、日本における技能実習生の妊娠問題の背景にある構造的不正義を明らかにする研究を行った。その成果の一端は、2022年5月の政治思想学会研究において報告した。 Bに関わる経験的な先行研究の調査についても順調に進んだ。入管収容施設の参与観察研究は世界的にも少ないが、イギリスのM・ボズワースのものをはじめとする重要な研究から知見を得ることができた。さらに、入管施設だけでなく刑務所・拘置所についての研究まで範囲を広げ、行政学、感情社会社会学の成果を摂取した。その結果、規範研究における認識的不正議論との接点を見出すことができた。これらの成果は、2022年11月のグローバル・ガバナンス学会第15回研究大会などでの研究報告と、2023年7月に人文書院より刊行予定の、稲葉菜々子氏、髙谷幸氏との共著『入管を問う』での論考に反映された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度である2022年度は、A入国管理と身体性についての基礎的研究と、B入国管理における身体性と潜在バイアスに関わる経験的な先行研究の調査を主に行った。 Aについて、まず、I・ヤングが『正義と差異の政治』(1990年)で示した先駆的な論考の意義を明確にした。彼女の議論は、現象学と社会学の知見を前提していたため、現代政治理論では十分に理解されてきたとはいえない。そのため、ヤングの現象学に属する論考と、彼女が参照するブルデューら社会学の議論に注意を払ったうえで、ヤングによる身体性と潜在バイアスと責任に関わる洞察の重要性を明らかにした。次に、身体性と潜在バイアスに着目してアメリカの入国管理政策を論じるリード=サンドバルの論考について、ヤングの議論をふまえて理論的な位置づけを明確にした。そのうえで、日本の技能実習生の妊娠問題に即した考察をした。これらの成果の一部は2022年5月の政治思想学会研究で報告した。 Bについては、国外で実施された入管収容施設の参与観察研究、行政職員の裁量逸脱的行為に関する行政学の研究、感情社会学の研究、行政職員の心理に関する社会心理学の研究を調査した。入管収容施設の参与観察研究は、日本には存在せず、世界的にも少ない。そのなかでボズワースの研究はもっとも長期間実施されたものであり多くの洞察を得た。行政学と感情社会学では、入管収容施設と同様に収容者の身体を拘束する、刑務所や拘置所で看守や看護師として働く職員についての研究があり、社会心理学的な調査もなされている。Bとは別に、規範研究に関わる進展として、J・メディナによる米の拘置所での医療放置を対象とする認識的不正議論の分析から多くの知見をえた。以上の成果の一部をまとめた論考は、グローバルガバナンス学会をはじめとする場所で報告し、2023年7月に刊行される稲葉菜々子氏、髙谷幸氏との共著『入管を問う』に収録される。
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今後の研究の推進方策 |
初年度の研究によって、A入国管理と身体性についての基礎的研究と、B入国管理における身体性と潜在バイアスに関わる経験的な先行研究の調査については一定の成果を得ることができた。AとBに関して、2023年度から2024年度にかけて、身体拘束と入国管理の歴史についての研究を調査する予定である。具体的には、身体拘束については、20世紀初頭の英サフラジェットの抵抗運動、同時期の日本における治安警察法5条廃止運動、1940年台後半から50年代にかけての収容施設での抵抗史、同時期の入管法の法制史についての研究に焦点をあてる。この調査を経て、現代日本の入管収容施設にも通底する、身体拘禁施設と入国管理の執行の背景にある構造的な不正義を析出することを試みる。 今後において重点的に取り組むのは、C潜在バイアスと責任に関する規範的研究と、D解決策に関する問いである。これらについては『入管を問う』所収の論考で大まかな方向性を示したが、さらに分析を精緻化する必要がある。Cについては、潜在バイアスと責任に関わる議論と、ヤングが示した構造的不正議論との関係性を精緻化することを試みる。可能な範囲において社会心理学の成果の摂取も試みたい。Dについては、2022年度にL・メイの責任の分有論に着目することが研究の端緒となるという洞察を得た。また、J・メディナの認識不正議についての議論からも多くの知見を得ることができた。今後は、(i.)責任の分有論の理論的により精緻化、(ii.)認識的不正義と責任に関わる論点をより深め、さらに社会心理学の研究成果、Cの成果もふまえたうえで、研究最終年度にまとまった論考を提示することを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
年度当初は、物品費に55万円、旅費に15万円を計上したが、結果的に138,721円の次年度使用額が生じた。物品費については、入管収容施設についての諸外国の先行研究について調査をしたところ、想像以上に少ないことが判明し、その結果、それらの論文・書籍の購入費に余剰が生じた。旅費については、対面ではなくZOOMで参加した学会があったため(グローバルガバナンス学会)その分の出張旅費に余剰が生じた。次年度使用額の使用計画としては、ここ数年で論文・書籍の出版点数が急増している構造的不正義、認識的不正義、潜在バイアスと責任の書籍の購入費用の一部にあてる予定である。
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