研究課題/領域番号 |
22K13010
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
桑原 夏子 早稲田大学, 高等研究所, 講師(任期付) (90873357)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 聖母 / 図像 / 偽書 / 魂の被昇天 / 被昇天 |
研究実績の概要 |
本研究は、正典とされる聖書に記述のない聖母の晩年の出来事について記されている偽書について調査し、その内容と絵画の対応関係を調査・分析するものである。本年はこれら偽書の内容の整理を中心的に行なった。 9言語63点の偽書の示す物語の結末は、「聖母の魂の被昇天」、「魂を取り戻した状態での肉身被昇天」、「魂を取り戻さない状態での肉身被昇天(魂と肉体が別々に被昇天し、天国で融合した)」の3種類に分類される。まず、この3種類の分類を起点とした上で、それぞれの分類における結末以外の物語内容を整理し、各分類における物語類型の数と種類を把握した。その結果、「聖母の魂の被昇天」を結末とするものは、点数としては少なく、また内容として聖母の体が被昇天したか否かについての明言を避ける傾向があること、「魂を取り戻した状態での肉身被昇天」と「魂を取り戻さない状態での肉身被昇天」を結末とするものは、点数として多いことがわかった。さらにビザンツの教父の中には「魂を取り戻さない状態での肉身被昇天」を支持する者も一定数以上、いたことがわかった。これは、イコノクラスム以降のビザンツ圏において、「聖母の魂の被昇天」が専ら描かれるようになったことと矛盾するものであり、その理由を詳しく探る価値があるだろう。 また個別の偽書のテキストとエジプト、ワディ・エル・ナトルーンの壁画、ローマのサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂モザイク、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂上堂内陣壁画、ドゥッチョによるシエナ大聖堂のための祭壇画《マエスタ》との関連性について調査し、一定程度その関係性を明らかにすることができた。その成果の一部は執筆中の単著『聖母の晩年ー中世・ルネサンス期イタリアにおける図像の系譜』(名古屋大学出版会)に収めたが、同著は科学研究費(研究成果公開促進費:学術図書)を得て、今年度中に刊行予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現存する偽書はいずれも英語、フランス語、ドイツ語による翻訳が存在するため、言語が研究推進の障壁となることなく、全ての偽書の内容を把握し、その物語内容を結末に応じて分類することができた。また、これまで聖母の晩年伝の図像に関して、2013年より継続的に作例データを収集してきたため、偽書の内容と対応する作例や図像を照合する作業は高い精度で行うことができたと考えている。したがって研究はおおむね順調に進展していると評価できる。 しかし、本来予定していた「偽書の伝播のマッピング」に関しては、そもそも現時点でどこにどの偽書が収蔵されているかを明らかにすることはできたとしても、5世紀から概ねルネサンス期までの間に具体的にどこに個別の偽書が収蔵されていたのかを再現することは困難であることがわかった。なおかつ、失われてしまった偽書がある可能性も念頭に置くならば、「何世紀のどの都市に、いずれの偽書が保管されていたのか」という偽書のマッピング制作は一層困難と言える。そこで、代わりに「各偽書の語る特徴的なモチーフや出来事が、絵画内容に表れているか否か」を調べることで、その絵画が描かれた時点でいずれの偽書が、その画家や注文主の周辺に伝わっていたのかを明らかにできると考えた。この方策により、とりわけ13世紀末から15世紀初頭に至るまで、フランシスコ会内部でさまざまな偽書が参照され、独自の聖母晩年伝図像が意図的に考案されていたことがわかった。その背景に関しては次年度以降に調査することになるが、13世紀末の聖地喪失(アッコンがムスリムの手に渡り、キリスト教徒が聖地を失った)と軌を一にしていることから、聖地喪失がフランシスコ会内部における偽書研究運動に結びついた可能性を念頭に調査を進めたい。
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今後の研究の推進方策 |
上記の「現在までの進捗状況」で示した通り、これまでの偽書研究を通して、13世紀末から15世紀初頭のフランシスコ会内部において、聖母の晩年について扱った偽書が研究されていた可能性が浮き彫りになった。その時期から推定するならば、それは聖地喪失が一つの契機になったと想定できる。フランシスコ会は聖地において、キリストの生誕地や受難の場所に加え、聖母の墓を守護していたことがわかっている。したがって聖地がムスリムの手に落ちたことで、フランシスコ会士たちの中で「失われた聖地とそこにある聖母の墓」に対する崇敬が一層高まったと考えられる。「フランシスコ会による積極的な偽書研究」という観点は、本研究を構想した段階では見出すことのできなかった新しい観点であるため、この観点からの研究も推進したい。 また、もともと予定していた12世紀半ばの北フランスにおける聖母晩年伝の表象と偽書との対応関係、また14世紀前半の皇帝アンドロニコス2世周辺の聖母晩年伝の表象と偽書との対応関係に関しては、2年目の研究の主軸としたい。特に皇帝アンドロニコス2世周辺の聖母晩年伝の表象に関しては、その制作はバルカン半島で活躍したミハイル・アストラパスという画家の制作と一致するため、偽書の内容が画家と皇帝アンドロニコス2世周辺とで共有されていた可能性も視野に入れて研究すべきだと考えている。当時、ビザンツ帝国はムスリムとの最前線地であったことから、帝国内部で自らのアイデンティティーを主張する聖遺物や物語が重視される傾向があった。ギリシャ語で書かれた古代の文物が再評価されていたことに鑑みると、ギリシャ語で書かれた偽書が注目されていた可能性もある、そうした政治的な動向にも目を配りながら研究を推進することとしたい。
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