研究課題/領域番号 |
22K13034
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研究機関 | 椙山女学園大学 |
研究代表者 |
尹 シセキ 椙山女学園大学, 国際コミュニケーション学部, 講師 (80761410)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | シルクロード / NHK / CCTV / 井上靖 / 司馬遼太郎 / 陳舜臣 / 冷戦 / 日中関係 |
研究実績の概要 |
2022年度は、中国の渡航体制と研究機関変更による環境の変化が重なり、新たに資料の出張調査を行うのが困難だった。そのため、日本国内で入手可能な資料を活用し、研究を進めた。成果として、オンライン・ジャーナルのHumanitiesに論文"Representing the Silk Road: Literature and Images between China and Japan during the Cold War"を掲載した。 本論文は、1980年日中共同取材のテレビ・ドキュメンタリーシリーズ『シルクロード』について考察したものである。戦前東洋史研究を継承した1950年代以降の井上靖や陳舜臣などの歴史小説、紀行文と比較しながら、NHKのドキュメンタリー映像が示したシルクロード像、および「日本」「中国」の位置付けを分析した。帝国主義の負の遺産を背負いながら、資本主義と社会主義の間に挟まれた日本の表現者、とりわけNHKの製作者たちは、「シルクロード」の風景に映された冷戦の緊張をカメラで捉えながら、「旅人」の視点から語ることによって自らの政治性を後景化しようとした。それに対して、中国CCTVは、シルクロードにおける多民族融合の風景を通じて、「多民族国家」や「東洋と西洋を結びつける文化的記憶の共同体」といったイメージを含む新たな中国像を立ち上げようとしたことも明らかとなった。こうした中国側の表象の背後には、1960年代以来中ソ関係の緊張、いわば社会主義陣営の内側から生じた亀裂が深く関連している。このように、テレビ・ドキュメンタリーの『シルクロード』を通じて、日中メディアが互いに技術的・情報的なサポートをしながら、それぞれアジアの文化地図を描き直し、冷戦下の資本主義と社会主義の二極化を間接的に突破し、地域関係の再編成を試みようとした状況が浮き彫りになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2022年度は、中国の渡航体制と研究機関変更による環境の変化が重なり、新たに資料の出張調査を行うのが困難だったが、日本国内で入手可能な資料を活用し、英語で論文を執筆し、公開できた。また、自然言語分析ツールによる計量分析という新たな研究手法を模索することもできた。そのため、研究は概ね順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度の研究では、1950年代から80年代に書かれた井上靖と陳舜臣の小説、1970年代から80年代井上靖や陳舜臣、司馬遼太郎などの紀行文、1980年のドキュメンタリー映像『シルクロード』という三つのカテゴリーを比較し、シルクロード表象の歴史的変遷を考察してきた。一方、それ以外のメディア言説、ツーリズムの状況についてはまだ検証が進んでおらず、文学と映像作品が及ぼした文化的、社会的影響は明らかになっていない。また、上記小説と紀行文、映像以外に、シルクロードの大衆的イメージを大きく作り上げた「西遊記」関連の文学と映像作品についても、分析することが必要と認識している。 そのため、2023年度は二つの方向を意識して課題に取り組みたい。一つは、1980年代、ドキュメンタリー『シルクロード』映像が公開された後のメディア言説、ツーリズムに対する考察である。1980年の映像では、中国とソ連、アフガニスタンなどの国境周辺の政治的緊張は間接的にしか表現されていなかったが、その後日本のメディアは、どのように継続的に取材し表現していたかを考察する。もう一つは、陳舜臣や中野美代子などの作家が執筆した『西遊記』関連のテクスト、およびテレビ・ドラマ『西遊記』の表象について分析することである。 以上いずれの方向に関しても、二つの研究手法を取り入れる。一つは、データ全体を用いた計量分析であり、一つはメディア言説と文化表象に対する個別的な分析である。前者を通じて同時代「シルクロード」イメージの傾向を俯瞰的に捉え、その上で、特徴的な現象が持つ意味を具体的に検証していきたいと考える。
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次年度使用額が生じた理由 |
2022年度は、研究機関が大阪大学から椙山女学園大学に変わり、仕事環境や育児などのスケジュールも大きく変化し、研究課題に取り組むことに集中するのが困難だった。また、研究計画の段階では、中国への出張調査およびAASでの学会発表を予想していたが、中国でのコロナ検査体制や隔離期間を懸念し、出張を実現することができなかった。そのため、旅費として申し込んだ経費は、使用できない状況が続いている。 だが、2023年度には計量分析の手法を取り入れ、限られた資料を最大限に活用し考察を進める予定である。そのため、書籍のスキャンやファイル整理など、基礎データをめぐる作業が必要となる。2022年度から繰り越した予算をアルバイト雇用の人件費として使用し、所属先の学生にデータを作成してもらおうと考えている。
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