本研究は、古代エジプト社会における葬送儀礼の変化と再構築という大きなテーマのもと、死者を神と同一視するために重要なアイテムであった装身具を用いた葬送儀礼の変容を明らかにすべく、分析・考察をおこなった。 まず、第二中間期に使われたリシ棺と呼ばれる木棺に施された装飾から、当該期の死者が身につけるべき装身具の理想的なセットを抽出した。こうした装身具は、器物奉献儀礼において死者に捧げられるものであり、中王国時代に本格化した当該儀礼の変遷とも深く関わりがある。分析の結果、理想的な装身具のセットは中王国時代の伝統を継承するものと新たに主要品目となるものが混在していることが判明した。また、装身具のなかでも襟飾りの「種類」に注目し、中王国時代から第二中間期までの変遷を追った。その結果、種類によって地域・時期差があることがわかった。そして、第二中間期に主要セットに加わる特定の装身具にかんしては、中王国時代の中部エジプト地域で頻繁に用いられたものであった。特定の襟飾りを含め、第二中間期に新たに理想的なセットを構成するようになった装身具は、すでに中王国時代の器物奉献儀礼で見られたが、主要品目になることはなかった。第二中間期に器物奉献儀礼は再構築され、それまでとは異なる装身具がその重要性を高めたと考えられる。さらに、実際の考古資料を検討すると、こうした理想的な装身具は王族などとりわけ社会的地位の高い被葬者が所有していた。これは、政治的な混乱期である第二中間期において上層の人びとが社会的地位の高さを強調しそれを維持するうえで、葬送儀礼やそこで必要とされる品々に意図的な差異を与えようとした戦略的な結果であると考えられる。その時々の社会的な必要性に応じて、器物奉献儀礼は再構築され続けたのである。
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