研究課題/領域番号 |
22K13372
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研究機関 | 北星学園大学短期大学部 |
研究代表者 |
山本 慎平 北星学園大学短期大学部, 短期大学部, 講師 (40771431)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 新渡戸稲造 / 経済思想 / 知性史 / 札幌農学校 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は新渡戸稲造(1862-1933)がアダム・スミスを中心とするイギリス経済学をどのように受容したかを新渡戸蔵書の書き込みと札幌農学校で新渡戸が行った経済学講義の受講ノートを手掛かりに明らかにすることである。研究計画に沿って、今年度は(1)すでに撮影済みであった受講ノートの調査と(2)北海道大学の新渡戸蔵書の書き込み調査を行った。 (1)については新渡戸が札幌農学校教授時代(1891~1897)に教えていた講義を学生が記録した講義ノート(北海道大学大学文書館所蔵)が存在する。その中で、特に「経済原理I」「経済学原理II」(高岡熊雄受講)「経済原論」(湯地定彦受講)の講義内容を明らかにした。分析を通して、新渡戸稲造の札幌農学校における経済教育の特徴とその先駆性についてまとめた。この成果の一部は、日本経済思想史学会第33回全国大会において「新渡戸稲造と札幌農学校の経済教育」というテーマで報告した。報告での質疑応答も踏まえ、新渡戸が当時の経済学をどのように理解していたのかについて論文を執筆中である。さらに、撮影できていなかった「政治経済」「経済学」の講義及び農政学・農業史関係の講義ノートの追加撮影を行った。 (2)の北海道大学図書館の新渡戸蔵書調査については、コロナによる入館制限で撮影ができない時期があった。代わりに、蔵書の書き込みを記録した「新渡戸稲造文庫目録」データを入手したため、それを用いた調査に切り替えた。同時に、すでに撮影したW. J. アシュレー編アダム・スミス『国富論』(東京女子大学図書館所蔵)への新渡戸の書き込みの判読作業を更に進めた。調査はまだ途中であるが、成果は論文・または研究ノート執筆のためにまとめている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2022年度は新渡戸稲造講義ノート「経済原理I」「経済学原理II」(高岡熊雄受講)「経済原論」(湯地定彦受講)の講義内容を明らかにした。講義ノートにはJ. S. ミルやヘンリー・フォーセット、ヴィルヘルム・ロッシャー、ベーム=バヴェルクの著作など多くの参考文献が記載されており、既存のテキストをただ利用するのではなく、様々な学者の説を取り入れていて、かなり周到に準備した講義と考えられる。講義の中で、新渡戸はイギリス古典派とドイツ歴史学派を紹介し、前者は科学的・演繹的とし、代表者としてリカードを挙げる。後者は実際的・帰納的であり、代表者としてロッシャーを挙げる。そのどちらを採用すべきかについては「決シテ一方ニ偏ル可ラズ」とする。新渡戸はドイツで経済学を学んだが、歴史学派一辺倒ではなく使い分けが必要だと指摘しており、折衷的な態度を取っていることが分かった。また、講義の中でカール・メンガーやウィリアム・ジェヴォンズの限界効用価値説を紹介している。この時期に札幌で限界価値説を紹介したのは先駆的といえるだろう。また、札幌農学校の教育水準も高かったことが分かる。ただし、講義ノートについては、今年度新しく撮影した「政治経済」「経済学」の講義など、まだ解読できていない講義ノートが存在するので、引き続き解読を進める必要がある。 新渡戸蔵書の書き込みについては、アシュレー編アダム・スミス『国富論』への書き込みの判読作業を完了させる予定であったが、判読作業に時間がかかり完了させることができなかった。また北海道大学図書館の新渡戸蔵書の書き込みを記録した「新渡戸稲造文庫目録」データを入手したため、それを用いて北大新渡戸蔵書の書き込みを調べた。その結果、前述のスミス『国富論』のような多くの書き込みのある著書はなさそうである。よって、まずはスミス『国富論』への書き込みの判読作業に集中すべきと判断した。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度に行った新渡戸稲造講義ノート「経済原理I」「経済学原理II」(高岡熊雄受講)「経済原論」(湯地定彦受講)の講義内容について、まだすべての部分を明らかにしたわけではない。引き続きノートの解読を進める。また、本研究は新渡戸のイギリス経済学受容を明らかにすることを目的としているが、学会での報告から、米国の経済思想に強く影響を受けているのではないかという指摘を受けた。よって、米国の経済思想の影響についても精査する。2022年度に撮影を行った「政治経済I・II」(高岡熊雄受講)「経済学」(西田藤次受講)など、まだ解読できていない講義ノートについて分析を行う。これらの分析をもとに、経済学史学会の部会あるいは海外の学会での学会発表と論文投稿を行う。農政学・農業史関係の講義ノートについては撮影が未完了のため、撮影を終える。 これまで調査した新渡戸蔵書のなかで最も書き込みの多いアダム・スミス『国富論』への書き込みの判読作業をできるだけ早い時期に完了させる。これまで、約半分のBOOK IIまで解読が進んでいる。今後は新渡戸がスミス『国富論』後半のどこに重点的に書き込みをし、何を書き込んだかを判読する。これによって新渡戸のスミス理解を明らかにすると同時に、それが『農業本論』や『植民政策講義』、あるいは、新渡戸の日本経済への提言へどのように影響を与えたかについて考察する。これらの成果を論文にまとめる。また、東京大学と東京女子大学の新渡戸蔵書の書き込み調査を2023年度と2024年度に分けて行う。東京大学の新渡戸蔵書は全て、東京女子大学の蔵書は経済学に関係する蔵書を選び優先的に調査する。これら書き込みを受講ノートや新渡戸の著作と比べ、新渡戸のイギリス経済学受容について明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
消耗品購入額が少なかったため。使用計画に変化なし。
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