研究課題/領域番号 |
22K13570
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研究機関 | 同志社大学 |
研究代表者 |
桐原 尚之 同志社大学, 社会学部, 日本学術振興会特別研究員(PD) (90876103)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 障害学 / ピアサポート / セルフヘルプ / 社会運動 / 精神障害者 |
研究実績の概要 |
本研究は、これまで不可視にされてきた精神障害者の社会運動の歴史を明らかにすることを目的とする。2022年度は、次の歴史を記述した。 第一に1990年代の全国「精神病」者集団事務局の体制変化の歴史を記述した。1993年の全国精神障害者団体連合会結成の評価をめぐって全国「精神病」者集団事務局が葛藤状態へと陥り、更に年数を経て事務局体制が事実上の機能不全状態にまで陥った。このような葛藤状態は、世界的に見ても精神障害者の社会運動では頻繁にみられるものであり、他の社会運動における葛藤状態とも様相が異なる。それらの歴史を記述し、「組織に馴染まない人々による組織」像を精神障害者の社会運動の組織のあり方という観点から明らかにした。 第二に医療観察法廃案に向けた取り組みの歴史を記述した。2001年6月に大阪教育大学附属池田小学校において発生した無差別殺傷事件を契機に、医療観察法が反対の声を押し切って成立した。このとき精神科医や法律家が用いてきた反保安処分の理論が通用せず、精神障害者の社会運動の理論だけが批判を可能とした。精神障害と加害をめぐる一連の言説を記述的に明らかにすることで、日本の反保安処分運動全体における精神障害者の社会運動の位置づけを明らかにした。 第三に調査の歴史を記述した。1973年及び1983年の精神衛生実態調査は、調査目的や方法に問題があるなどの理由から東京地域精神医療業務研究会をはじめとする大規模な反対運動が巻き起こった。調査は事実上とん挫となり、それ以降の国の政策エビデンスは、全国精神障害者家族会連合会の統計に依拠するようになった。ほどなくして同連合会には、国の予算で研究所が設置された。1998年、厚生労働省と国立精神・神経センター精神保健研究所が発行する白書『我が国の精神保健』の一部が『精神保健福祉資料』として独立し、今日では行政計画の基礎をなす統計になった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画では、2022年度に実施予定の調査が、1990年代の全国「精神病」者集団事務局の体制変化の歴史を明らかにするための調査、医療観察法を廃案にするための取り組みに係る調査、調査の歴史に係る調査である。このうち、次の調査を遂行した。 1990年代の全国「精神病」者集団事務局の急激な体制変化の歴史を明らかにするための調査では、関係者から聴き取り調査をおこなった。 医療観察法の廃案闘争の歴史では、資料調査として資料提供の依頼をおこない資料を集めた。また、医療観察法の立法過程を刑法学の観点から研究した中山研一の文献調査をおこなった。 調査の歴史の調査では、おりふれ通信の創刊号から400号までの文献調査をおこなった。また、厚生労働省と国立精神・神経センター精神保健研究所が発行する『精神保健福祉資料』が白書である『我が国の精神保健』から独立した過程について聴き取りをおこなった。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度は、次の研究に着手する予定である。 障がい者制度改革以降のピアサポーターの制度化の歴史を記述する。2009年から政府によって開始された障がい者制度改革は、全国「精神病」者集団が政策決定過程に参画していたが、ピアサポーターの制度化の検討だけは全国「精神病」者集団が参画しておらず、事業所に雇われた精神障害者個人の参画によって進められた。これら一連の歴史を明らかにし、社会政策のあり方に言及しながら考察する。 歴史をもとにして精神障害者の社会運動が準拠してきた価値規範を分析し、明らかにしていく。分析方法は、社会運動それ自体の説明を試みる社会運動論のアプローチと、社会運動による主張の言説にかかわる歴史社会学のアプローチの2つを用意する。前者では、精神障害者同士の互助にかかわる文化的なリテラシーを明らかにし、後者では、従来からの支配的言説に対抗するクレイム申立て活動のレトリックを明らかにする。精神障害者の社会運動が準拠してきた価値規範は、あくまで経験科学的に明らかにしていくものであり、価値規範自体を倫理学的に正当化していくための研究はおこなわない。 精神障害者の社会運動が準拠してきた価値規範に基づきピアサポート制度に対する批判的考察をおこなう。第一にピアサポート制度の政策エビデンスを言説分析し、精神障害者の社会運動が準拠してきた価値規範との差異を明らかにしていく。第二に現行制度下のピアサポーターの語りから動機付与と感情労働をキーワードにしつつ、精神障害者の社会運動が準拠してきた価値規範との親和性を明らかにしていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は、資料調査に係る日程調整が困難な時期があり、スケジュールに遅れが生じたため、一部、2023年度に実施することにしたからである。
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