研究課題
惑星大気の宇宙空間への散逸は、地球型惑星の生命生存可能環境の成立条件を左右するだけでなく、惑星大気起源の物質を衛星に供給する役割を果たす、惑星系の進化を決定付ける最重要過程の一つである。地球型惑星の中でも火星は特に重要な研究対象であるが、従来の単一探査機による観測では、一点観測の限界により、動的な現象に富む火星電離大気散逸を適切に捉えることができなかった。本研究の目的は、複数探査機による同時多点観測データの複合解析を実施することで、火星系における電離大気の動態を解明することにある。2022年度の主な成果は以下の通りである。本計画初年度である2022年度には、まず太陽風変動に対する昼側電離圏の応答について、MAVEN・Mars Express探査機の同時多点観測データの複合解析に着手した。具体的には、火星バウショック上流においてピックアッププロトンとのサイクロトロン共鳴により励起された上流「プロトンサイクロトロン」波動(以下、PCW)が下流に移流・伝搬し、誘導磁気圏界面に周期的に圧力パルスを印加することで火星電離圏に圧縮性磁気音波を駆動する現象に着目した。Mars Express/MARSISが火星電離圏で稼働しておりその場の磁場強度推定が可能であり、かつMAVENが上流太陽風でPCWを観測している期間を抽出し、両データを比較解析したところ、同一周波数の上流PCWと火星電離圏圧縮性磁気音波の二点同時観測に成功した。更に同様の事例を多数同定するアルゴリズムを開発し、長期の同時観測データに適用することで、上流PCWと火星電離圏圧縮性磁気音波の発生特性について統計調査を実施した。その結果、上流太陽風で発生したPCWは、数10%程度の確率で昼側電離圏で検出可能な圧縮性磁気音波を駆動すること、およびその検出確率は太陽風動圧などの上流パラーメータに依存することが明らかになった。
3: やや遅れている
2022年度は本計画で初年度に予定していた、太陽風変動に対する昼側電離圏の応答の調査について、MAVENとMars Expressの二機同時観測データの解析に着手した。バウショック上流で発生したプラズマ波動が火星電離圏に圧縮性磁気音波を駆動する現象について、上流太陽風と火星電離圏の二点同時観測に成功し、さらに多数の事例を自動同定した統計解析を実施することで、太陽風駆動のプラズマ波動が火星昼側電離圏全体にエネルギーを注入していることを示唆する成果を得た。一方で、当初想定していたよりも大規模な統計解析に時間を掛けて取り組んだことにより、上記の成果をまとめた論文の執筆が計画より遅れている。そのため、「やや遅れている」と判断した。今後は当該論文を速やかに執筆・投稿し、次課題に着手する予定である。
2023年度は前年度に引き続き、MAVENとMars Expressによる多点観測データの複合解析を実施する。前年度に実施した太陽風変動に対する昼側電離圏の応答について成果をまとめたのち、夜側電離圏変動に着目した解析に着手する。具体的には、Mars Expressによる夜側電離圏観測とMAVENによる太陽風や尾部でのプラズマ観測を組み合わせてデータ解析を実施する。これにより、火星大気散逸において重要な散逸経路である尾部イオン散逸のイオン流束と、そのリザーバーたる夜側電離圏の状態を対応付けることが可能になると期待できる。また、本計画で実施している複数の探査機による多点観測データ解析により、時間変動に富む火星誘導磁気圏プラズマが、火星衛星に照射し、衛星表面とダイナミックに相互作用している描像が得られつつある。近年、国際的に急速に進展しつつある火星・月探査の現状を鑑み、今後は、火星尾部ダイナミクスの可視化を可能とする火星オーロラ観測データや、地球磁気圏プラズマと月の相互作用との比較研究への展開も視野に入れて、複数ミッション観測データの複合解析研究を推進する予定である。
次年度使用が生じた主な理由は、当初予定していた論文の執筆が遅れている点が挙げられる。2022年度に得られた成果をまとめた投稿論文を現在執筆中であり、次年度に論文出版費として充てる計画である。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 4件、 査読あり 5件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (14件) (うち国際学会 3件、 招待講演 1件)
Journal of Geophysical Research: Space Physics
巻: 128 ページ: e2022JA030989
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巻: 49 ページ: e2022GL098007
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