最終年度は,潤滑油中でのin-situ分析に拘り,NRによって得た潤滑油/金属界面のミクロ構造と,原子間力顕微鏡(AFM)によって得たナノトライボロジー特性の関連について評価した.スパッタ成膜装置によって形成した銅基板上にステアリン酸を含む潤滑油を滴下した場合,銅表面に厚い金属石鹸膜が形成されることを確認した.この金属石鹸膜は,AFMによる摩擦によって簡単に表面から除去されたが,膜上では低い摩擦係数を示すことを確認した.一方,摩擦によって金属石鹸膜が成長するような挙動は確認できなかった.また,アルキル鎖に二重結合を持つオレイン酸の場合には,厚い金属石鹸膜の形成は確認できず,摩擦低減効果も低かった. 中性子反射率測定(NR)の実験では,イオンビームスパッタ装置を使って用意した銅基板をステアリン酸を含む潤滑油に浸漬した後,昇温を繰り返しながら銅表面に形成された吸着分子膜および金属石鹸膜の状態を評価した.NRでは,金属と重水素化した分子が明瞭に判別可能であるため,重水素化していない潤滑油を使用すれば,吸着分子膜やバルクの基油層は検出されず,銅表面の腐食量のみを可視化できる.一方で,重水素化した添加剤と重水素化していない基油の組み合わせによる従来手法での測定も別途行い,前者の実験で見積もった金属の腐食量を,後者の従来測定でのフィッティング解析時のモデルに組み込むことによって,脂肪酸分子が銅表面の腐食を伴いながら金属石鹸膜を形成する過程が分析可能となる.120℃まで加熱すると,h-ステアリン酸を使用した場合には銅表面のナノレベルの膜厚減少がみられた反面,d-ステアリン酸を使用した場合には明確な膜厚減少は見られなかった.この結果は,d-ステアリン酸が形成する膜が銅表面の腐食量と同程度の厚さで厚膜化した可能性を示している.
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