本研究では、これまで我々が独自開発を行ってきた原子間力顕微鏡ベースの液中電位計測技術である液中オープンループ電位顕微鏡(OL-EPM)を初めて生体分子の計測へと応用する。本研究期間の目的は、生体膜の基本構造である支持脂質二重層膜(SLB)を基本試料として電位計測を行い、本技術が生体分子計測へと応用可能であることを実験的に示すこと、加えて電位可視化メカニズムを解明することである。 まず、OL-EPM計測を行うための基盤技術の確立を行った。具体的には、SLBを導電性基板上に展開する手法と柔らかく高周波な超小型カンチレバーの利用プロトコルの開発を行った。試行錯誤の末、Au(111)上にCOOH末端のアルカンチオール単分子膜(SAM)を修飾することによりSLBを形成することに成功した。また本基板でDOEPCやDOPGなどの正負の有電荷脂質を展開し、OL-EPM計測を行った。有電荷脂質については得られた電位が脂質分子の頭部基の電荷を反映していることを明らかにした。 次に、COMSOLを用いた有限要素法シミュレーションにより、簡易的な液中での実験系を構築し、探針‐試料間に交流バイアスを印可した時の挙動について調査した。薄さ数nm程度の分子膜であれば、探針が検出できる程度の強度で電界が生じていることが分かった。 応用研究として、SphingomyelinのSLBについてcholesterolの有無でSLBの電位がどう変化するかについて計測を行った。Cholesterolを添加していないSLBはCOOH末端のSAMとの電位差が小さく、SLBがわずかに正に大きいことがわかった。一方、Cholesterolを添加することで電位が負に大きくなる傾向を持つことがわかった。本結果は、脂質膜への生体分子の吸着に大きく関係する因子であり、実験的に直接可視化することができた初めての例である。
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