本研究では、次世代光デバイス用材料として注目されている窒化物半導体に対して、発光分光分析に加えて、励起状態に対する紫外光電子分光分析を融合することで、表面キャリアダイナミクス評価に有用な新奇評価手法を開拓することを目的としている。 前年度までに、励起光源となるポンプ光としてフェムト秒Ti:Sappレーザの第二高調波(波長400 nm)を用い、第三高調波(波長267 nm) を光電子放出のためのプローブ光として試料に照射する時間分解二光子光電子分光測定(Tr-2PPE)系を立ち上げた。室温下で非輻射再結合が支配的であり、バンド間遷移による発光が殆ど得られないInGaN量子井戸においても、Tr-2PPE測定の適用が可能であることを確認した。 最終年度では、InGaN薄膜表面でのキャリア寿命をTr-2PPE法により評価した。上記光学系を使用してas-grownの (0001) InGaN薄膜(In組成14%)表面におけるTr-2PPE減衰曲線から、3.8 nsと極めて長いキャリア寿命が見積もられた。この表面キャリア寿命は、GaAs (110)表面で観測された寿命よりも2桁程度長く、bulk InGaNの非輻射再結合寿命と同程度の値であった。この結果は、(0001) InGaN の表面再結合速度が、 GaAs (110)における表面再結合速度に比べて著しく遅く、キャリアの再結合経路が表面準位でなく他の欠陥準位によって支配されていることを示唆している。(0001) InGaN表面にCsを吸着させることで、上向きの表面バンドベンディングの抑制を試みたところ、キャリア寿命は48 psにまで劇的に減少し、表面再結合の影響が顕著に観測されるようになった。これらのことから、今後の窒化物系半導体の素子微細化時における表面再結合過程制御の鍵は、表面バンドベンディングの制御にあることを見出した。
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