研究課題/領域番号 |
22K14644
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
野嶋 優妃 筑波大学, 数理物質系, 助教 (90756404)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 脂肪酸単分子膜 / 和周波発生分光 / エアロゾル表面 |
研究実績の概要 |
エアロゾルは気候や人体の健康に大きな影響を与える物質であり,その生成過程において気液界面や固液界面が重要な役割を担っている.海洋由来のエアロゾル表面は脂肪酸単分子膜で覆われているが,その構造に存在する分子レベルの不均一性が存在することが示唆されており,それがエアロゾル・雲粒界面での反応機構に大きな影響を与えている可能性がある.今年度は,エアロゾル表面のモデルとなる脂肪酸単分子膜界面の分子配向について,ヘテロダイン検出振動和周波発生(HD-VSFG)分光を用いて調べた.脂肪酸は親水基であるカルボキシ基(-COOH)を有するが,カルボキシ基がプロトン解離しているかによって界面とバルクとの間の分配比が大きく異なることが報告されている.脂肪酸疎水鎖の配向は親水基の構造の影響を受けるため,脂肪酸単分子膜の微視的構造を包括的に理解するためには,空気/脂肪酸水溶液界面におけるHD-VSFGスペクトルのpH依存性を測定する必要がある.今年は脂肪酸水溶液を塩基性にし,全てのカルボキシ基がプロトン解離した状態での測定を行った. 炭素数が9, 10, 11, 12の脂肪酸について表面張力濃度依存性を測定し,空気/脂肪酸水溶液界面において脂肪酸が単分子膜を形成する濃度を推定した.CH伸縮振動領域における脂肪酸塩基性水溶液表面のHD-VSFGスペクトルは,溶媒が純水の時と比べてバンド幅が太くなっており,脂肪酸疎水鎖の配向分布が純水の場合よりも広くなっていると考えられる.脂質疎水鎖のCH3伸縮振動とCH2伸縮振動のバンドの強度比から,疎水鎖に含まれるゴーシュ欠陥に関する情報を得ることができる.バンド強度比から,溶媒が塩基性の場合,純水の場合よりもゴーシュ欠陥が多く含まれることが明らかになり,その結果として脂肪酸疎水鎖の配向性が低くなったと推測できる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
鎖長が異なる四種類の脂肪酸について,溶媒を塩基性にした時の表面張力濃度依存性と,CH伸縮振動領域のHD-VSFGスペクトルを測定でき,溶媒が純水の時と比較可能な結果を得ることはできた.しかし,脂肪酸膜の構造と化学反応との関連について考察するために行う予定であった,溶媒に溶質を加えた測定に取り組むことができなかった.予定よりも研究の進行が遅れた原因として,塩基性脂肪酸水溶液の表面張力依存性において予期せぬ結果が得られたことが挙げられる.溶媒が純水の場合,脂肪酸濃度が臨界ミセル濃度を超えると表面張力は一定の値を示すが,塩基性水溶液ではある濃度以上で表面張力の値が急に減少し,その後一定の値を示した.この原因はまだ明らかにできていないが,溶媒が塩基性であることが関係している可能性が高いと考えている.酸性水溶液についても同様の測定を行う予定であるが,その場合はこの問題は起こらないことが先行研究で確認できたため,今後はよりスムーズに研究を進めることができると期待している.
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今後の研究の推進方策 |
酸性の溶媒に炭素数が9, 10, 11, 12の脂肪酸をそれぞれ溶かし,表面張力測定を行い,空気/脂肪酸水溶液界面で脂肪酸が単分子膜を形成する濃度を推定する.また,脂肪酸一分子が界面で占める面積である,分子占有面積も見積もる.脂肪酸単分子膜のHD-VSFGスペクトルを測定し,純水溶液,塩基性水溶液の結果と比較することで,界面における脂肪酸疎水鎖の分子配向と溶媒のpHの間の関係を総合的に理解することを目指す. さらに,脂肪酸膜の構造と化学反応の進行の相関について調べるため,OHラジカルの生成反応であるフォトフェントン反応を利用することを考えている.フォトフェントン反応は,二価の鉄による過酸化水素の分解反応と,三価の鉄の光還元反応からなる反応である.フォトフェントン反応は,フェントン反応と三価の鉄の光還元反応を組み合わせたものである.フォトフェントン反応を起こすために,硫酸鉄(II)七水和物と過酸化水素水を加え,pHを3.0付近にした溶媒に脂肪酸を溶かし,HD-VSFGスペクトルを取得する予定である.得られたスペクトルから,例えばフォトフェントン反応の進行に伴う脂肪酸疎水鎖の配向が変化する様子などを観測できないかと考えている.
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次年度使用額が生じた理由 |
脂肪酸膜の構造と化学反応の進行の相関について調べるため,脂肪酸水溶液表面にオゾンを吹き付けるためのオゾン生成機やより短波長の光を得るための非線形結晶などを購入するための予算を計上していた.しかし,塩基性水溶液の表面張力測定において予期せぬ結果を得たため,今年度はその測定に取り組むことができなかった.今年度は予定していた機器を早急に購入し,脂肪酸膜の構造と化学反応の相関について考察するための実験に可能な限り早く取り組む.
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