研究課題/領域番号 |
22K14647
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
唐島 秀太郎 京都大学, 理学研究科, 特定助教 (40890926)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 超高速光電子分光 / 反応ダイナミクス / 極端紫外光 |
研究実績の概要 |
本研究では、核酸塩基に対して超高速極端紫外光電子分光法を応用し、電子状態緩和過程を解明することを目的としている。当初は水溶液中での実験を主テーマとして想定していたが、気相(孤立分子)中での過去研究例も充実しているとは言い難いため、核酸塩基分子の気相実験についても大いに取り組んだ。 ウラシル・チミン(5-メチルウラシル)の気相実験では、1ππ*状態から1nπ*状態への量子収率はそれぞれ45%と100%と算出された。ウラシルとチミンの相違点は5位の炭素(C5)に配位したメチル基だけであるにも関わらず、このように収率が大きく異なるという点で、この結果は非常に興味深い。理論計算では1ππ*状態から電子基底状態に内部転換するには分子構造が平面的な構造から、C5=C6二重結合のねじれとC5でのピラミッド化に伴う立体的な構造をとる必要があると予測されている。したがってC5に配位したメチル基がこの分子構造の立体化を妨げることで、量子収率に大きな影響を与えていると解釈した。この解釈ではC5以外にメチル基が配位しても構造変化を妨害せず、量子収率に影響を与えないことが予想されるが、実際にC6に配位した6-メチルウラシルでも同様の実験を行い、比較検討したところ、量子収率は50%とウラシルに非常に近い値が算出された。またC5にフッ素を配位した5-フルオロウラシルの結果では、100%の収率が得られており、チミンと合致する結果となった。これらの結果は核酸塩基の緩和ダイナミクスでは、C5でのピラミッド化構造変化が重要な役割を果たしており、置換基によってダイナミクスが制御されることを示している。これらの結果をまとめ、Journal of the American Chemical SocietyおよびThe Journal of Physical Chemistry Lettersに投稿した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では核酸塩基における電子励起状態の寿命や内部転換、項間交差の効率といった緩和メカニズムの解明を目的としているが、超高速極端紫外光電子分光法によってこれらを定量的に評価することができた。特に気相実験では実験結果と理論予測を照らし合わせることで、電子励起状態(1ππ*状態)から電子基底状態へ内部転換する際の分子構造変化について明確に解釈することに成功している。また液相実験においては、水溶液内の核酸塩基では1ππ*状態から1nπ*状態への量子収率が、気相に比べて1/10程度にまで減少することを明らかにしている。これらの結果から、本研究は当初の目的に沿って順調に進捗していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究ではチミンやウラシルといった、代表的な核酸塩基を研究対象としてきたが、今後は置換基処理が施された核酸塩基や他の生体分子へと対象範囲を広げ、それらの電子状態ダイナミクスの解明を目指す。 また実験的には、気相実験では非常に明瞭な実験結果が得られているが、液相実験では未だ実験的誤差が大きく、改善する必要がある。液相実験での課題は、多量に存在する溶媒分子から放出される光電子が背景信号となり、核酸塩基分子の電子状態緩和過程の観測の妨げとなっていることである。これを改善するために、より高い繰り返し周波数のレーザー光源を用いて極端紫外光電子分光実験を行い、測定データのシグナル・ノイズ比の向上を目指す。
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