研究課題/領域番号 |
22K14880
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研究機関 | 名城大学 |
研究代表者 |
黒川 裕介 名城大学, 農学部, 助教 (60851798)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 冠水 / ガスフィルム / 葉身の撥水性 / ROLバリア / drp変異体 / 生長解析 / デンプン定量 / DNAマーカー |
研究実績の概要 |
近年では日本においても豪雨による農作物被害は甚大であり,農作物に耐水性を付与することは重要な農学的課題となっている.葉のガスフィルムと根のROLバリアは作物に耐水性を付与する重要形質であり,本申請課題では、葉の撥水性が消失するdripping wet leaf (drp)変異体とその親系統のKinmazeを用いて,両耐水性形質の発生メカニズムの解明を目指している. drp変異体は野生型のKinmazeと異なり,冠水2時間後にガスフィルムが消失したのに対して,撥水性は冠水6時間後まで高く維持されていた.Kinmazeでは,冠水9日後においてもガスフィルムは多く残存していたのに対して,撥水性の低下が既に確認された.drp変異体において,ガスフィルムが消失した冠水24時間後における葉身の表面構造を観察したところ,ワックス結晶は多く観察されなかったのに対して,乳頭状突起の構造に異常はみられなかった.一方で,Kinmazeにおいて,ガスフィルム消失が開始する冠水9日後の葉身を観察すると,冠水前と比較して,ワックス結晶の量は同様に多く維持されていたのに対して,乳頭状突起の構造に乱れが生じていた.以上のことから,drp変異体におけるガスフィルム低下の主要因はワックス結晶が存在しないことによる葉内部への水の浸透現象であるのに対し,Kinmazeでは乳頭状突起構造の乱れが関係していることが考えられた. 完全冠水条件下において,両イネの地上部生長を調査したところ,葉齢の進行率がdrp変異体ではKinmazeよりも減少していた.第2位展開葉の葉鞘に含まれるデンプン含量を比較したところ,Kinmazeでは冠水日数が経過するにつれて減少したのに対して,drp変異体では一定の値で推移した.これらの結果から,冠水後にガスフィルムが消失するdrp変異体では,水中で呼吸による代謝を行うことができず,完全冠水条件下における地上部生長をKinmazeのように行うことができなかったことが示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本申請課題の1年目にあたる2022年度は,完全冠水条件下におけるdrp変異体とKinmazeの,①ガスフィルム・撥水性の減少傾向の差異と葉身の表面構造との関係性や,②地上部・地下部生長率の差異とデンプン代謝との関係性を中心に調査することができた.①に関しては、従来の研究計画よりも幅広いタイムコースで葉のガスフィルムと接触角の測定を行った.過去の研究では,ガスフィルムの消失と葉の撥水性低下には相関関係があると報告されていたが, drp変異体では「ガスフィルムが消失する冠水2時間後には,葉の撥水性が維持」されており,逆に,Kinmazeでは「葉の接触角が低下する冠水9日後においても,ガスフィルムは維持」されるといったように,両形質に相関関係がみられないタイミングがあることが新たに分かった.また,両イネのガスフィルムが消失する時期に葉身の表面構造を走査型電子顕微鏡で観察することで,ガスフィルムの消失という同じ現象であっても,その原因がdrp変異体ではワックス結晶欠損による水の浸透現象であり,Kinmazeでは乳頭状突起構造の乱れによる接触角/撥水性の低下であることが新たに提案された.②に関しては、これまでガスフィルムの有効性について,界面活性剤を用いるなどした生理学的研究に終始していた中,ガスフィルム欠損のdrp変異体において地上部生長が遅延することが認められ,呼吸による代謝を水中で行えない可能性が示唆された.これにより,本研究の主目的である「drp変異体を用いてガスフィルムの生長に及ぼす直接的な効果を検証する」ことが達成された. 上述の解析に用いた複数のdrp変異体の中で,drp5変異体の原因遺伝子の単離を目的に,遺伝子候補領域内でdrp5型とKasalath型のゲノム多型を検出するDNAマーカーを5つ作製した.これらDNAマーカーを用いることで,drp5変異体とKasalathの交配により作出されるF2雑種集団を用いた遺伝子連鎖解析を今後は進めていける.
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今後の研究の推進方策 |
本申請課題のもう1つの主目的は,「表層ワックスの欠失を示すdrp変異体が葉のガスフィルムだけでなく,ROLバリアにおいても欠損の表現型を示すか」を調査することである. ROLバリア有無の表現型を解析するにあたって,湛水条件下で根を傷つけずに植物体を栽培する必要があるため,土壌で栽培した植物体を用いて,表現型解析を行うことができない.そこで現在は,栄養成分を含む寒天希釈液に窒素ガスを吹き込むことで,嫌気還元状態を模倣しながらROLバリアを評価する実験系をセットアップしている. 本申請課題の2年目にあたる2023年度は,drp変異体を嫌気還元の水耕溶液で栽培し,通常イネのKinmazeとは異なりROLバリアの形成誘導が欠損するのかを,メチレンブルー水溶液を用いた簡易法で確認する.drp変異体において,ROLバリアの欠損が認められた場合に,その地上部/地下部生長をKinmazeと比較することで,ROLバリアのイネ生長に及ぼす直接的な効果を検証する.ROLバリアが欠損したdrp変異体は、葉から取り入れた酸素が根基部周辺で漏出し,根端内部における酸素が欠乏することから,根端の呼吸による代謝がKinmazeと比較して減少することが予想される.従って,地上部/地下部生長だけでなく,呼吸による代謝量を比較する目的で根端に含まれるデンプンや糖含量をdrp変異体とKinmazeで定量する.また,過去の研究によりROLバリアの形成には,外皮に沈着するスベリンの存在が重要であると報告されている.そこで,drp変異体とKinmazeの根外皮におけるスベリンの沈着程度を,Fluorol Yellow 088などの試薬でスベリンを特異的に染色し,蛍光観察を行うことで比較する. drp5変異体のガスフィルム欠損の原因遺伝子のマッピングに関しては, F2雑種集団の作製を2022年度に引き続き進めるとともに,遺伝子候補領域を狭めるためにさらなるDNAマーカーの作製も行う.
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次年度使用額が生じた理由 |
計上していた予算額よりも少ない金額でDNAマーカーを作製することができた為,次年度使用額が生じた.繰り越した予算で,本年度に行うデンプン定量に必要な試薬を購入する.
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