研究実績の概要 |
本研究は腸組織に浸潤するリンパ球に着目し、犬の炎症性腸疾患と消化管型リンパ腫の病態を解明することを目的としている。特に、これらの疾患は「連続したスペクトラムを持つ疾患群である」と仮定して、その類似点と相違点の両方を見出すこととした。 研究期間を通じて、上記の疾患に罹患した症例の腸組織に存在するリンパ球に対する網羅的遺伝子発現プロファイルを解析すべく、種々の条件検討を実施したが、残念ながらその実施は困難と判断せざるを得なかった。 そこで方針を転換し、次世代シーケンサーを用いた網羅的遺伝子変異解析を実施することとした。本研究においてこれまでに消化管型リンパ腫に罹患した犬の腫瘍組織で多くの遺伝子変異を抽出していたが、特にSOCS3やZDBF2といった、人の腸管リンパ腫でも変異が認められる遺伝子群に変異が検出されていた。最終年度にはさらに解析を進め、NACC1, ASXL3, PRDM1, FYN, TET2といった遺伝子にも変異を認めた。これらの結果を踏まえて、より多くの症例検体を用いて特定の遺伝子群における変異を詳細に解析したところ、SOCS3だけでなくSTAT3における変異が複数症例で検出された。 そこで、特にJAK/STAT経路の破綻に着目し、 STAT3, STAT5B, JAK1遺伝子のエクソン領域全長を解析したところ、STAT3およびJAK1遺伝子の変異が複数の消化管型リンパ腫症例で検出された。 この結果は、犬の消化管型リンパ腫症例の一部では人の腸管リンパ腫と同様の遺伝子変異が病態に関与していることを示すものである。また、今後この遺伝子変異をマーカーとして、炎症性腸疾患においても少ない頻度でこれらの変異を有する細胞が存在することを示すことで、両疾患が連続したスペクトラムを持つ疾患群であることを証明できるものと考えており、本研究はその足掛かりとなる実績を得ることができた。
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