研究課題/領域番号 |
22K15073
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
岩波 翔也 名古屋大学, 理学研究科, 助教 (10854565)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 数理モデル / 個体群動態 / 細胞分化 / データ解析 / 恒常性の維持 / 造血幹細胞 |
研究実績の概要 |
細胞分化を定量的に取り扱うことは、細胞群の時空間動態を理解するために重要である。特に、自己複製能を有し、多系統の細胞に分化できる幹細胞の分化動態を理解することは、それが維持する細胞群の相互作用の変化やそれに伴う恒常性の破綻といった生命現象の理解につながる。造血幹細胞は血液細胞を産生し維持する幹細胞である。造血幹細胞がいつどの系統の細胞に分化するかを理解することで、血液細胞の恒常性の破綻に由来する疾患への理解を加速させると期待できる。微分方程式で記述した造血幹細胞分化の数理モデルを用いて、造血幹細胞をマウスに移植した場合の末梢血における組成の時間変化から、造血幹細胞の分化能および各血球系統への分化能を推定した。推定に際して、非線形混合効果モデルで異なる目的変数を取り扱う実装を行なった。さらに、造血幹細胞分化を記述する数理モデルに基づいた確率シミュレーションを実行するための、Gillespieアルゴリズムによる実装を複数の言語で行なった。この実装を元にして、実験等で観察しうる移植や傷害により血球細胞の産生が変化した状態を再現したシミュレーションを実行する予定である。複数の条件について網羅的な計算を行うための高速化において、末梢細胞数が膨大になることから、低速化を回避するための実装を行なっていく。各細胞の性質や系譜情報を取得することで、細胞分化モデルと細胞群動態の変容の関連の定量的な理解を目指すとともに、最先端の実験技術で得られる実験データへの適用を目指す。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでに行なった造血幹細胞移植実験のデータ解析について、自己複製能の低い肝細胞を移植した場合の時系列データを同時に説明しうる数理モデルを構築した。非線形混合効果モデルでの分化能および自己複製能の定量化に際して、性質の異なる目的変数を取り扱う実装を行い、数理モデルのパラメータとして推定した。また、Gillespieアルゴリズムによる微分方程式の個体ベースシミュレーションの実装をPythonおよびRで行った。移植実験での推定に基づいた確率シミュレーションを実行する準備が整った。
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今後の研究の推進方策 |
造血幹細胞移植実験のデータ解析の結果を学術論文としてまとめる。実装した確率シミュレータを用いて、正常な個体および移植実験の状態を模倣した個体ベースシミュレーションを行う。まずは個体ベースシミュレーションの高速化を実現し、網羅的な計算を可能にする。その後、各条件下での細胞群の変化をシミュレーションで再現し、各細胞の性質と系譜情報を取得する。移植の場合の細胞の絶対数が少ない状況はもとより、正常個体において少ない造血幹細胞が血球を産生する状況について、確率的な影響を定量化する。また、分化経路依存的な細胞群動態を定量化するために、数理モデルから特定の分化経路を除いた場合のシミュレーションと比較する。確率モデル中で計算される各細胞個体には、遺伝子配列情報を特性として内包させ、生成した疑似配列の系統樹を構築する。そして、統計学・集団遺伝学・進化生態学の手法を用いて、細胞集団全体の挙動と配列情報から得られる指標を比較する。同様の手法を実験から得られるデータにも適用し、細胞群の変化を説明する指標を導出する。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度は既存データの解析と計算基盤の構築を主に行なったため、物品費および人件費が当初の計画よりも少なくなった。次年度は、シミュレーションによる膨大なデータを扱う計画であることから、網羅的な確率シミュレーションの計算の実行とその結果を保存し解析するためのハードウェアの購入費用と、データ整理等のための人件費として用いる予定である。
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