細胞競合とは、がん変異細胞などが正常組織から選択的に排除される現象である。この現象の分子機構の解明は、細胞間相互作用を標的とした新規がん治療戦略の構築に繋がる重要な課題である。これまで、細胞競合を制御する分子機構は主にショウジョウバエを用いた遺伝学的解析により解明されており、哺乳類においては未解明な点が多く残されている。また、細胞競合をマウスレベルで解析する場合、遺伝子変異を上皮組織の一部に誘導する複雑な遺伝子改変マウスが必要であり、当該分野の大きな障壁となっている。そこで前年度までに、ハイドロダイナミックインジェクション法とSleeping Beautyトランスポゾンシステムを用いて、正常マウスに簡便かつ迅速に細胞競合を誘導可能な新たな細胞競合解析系を構築した。この系を用いて細胞極性を制御するがん抑制遺伝子ScribのshRNAを発現するプラスミドをインジェクションした。その結果、正常肝細胞集団中の一部にScrib欠損肝細胞が誘導された細胞競合環境の構築に成功した。プラスミドをインジェクションしてから6日後では、Control shRNAを導入した場合とScrib shRNAを導入した場合で細胞数に変化は見られないが、12日後ではScrib shRNAを導入した細胞が減少することが分かった。したがって、培養細胞と同様に生体内においても正常細胞に囲まれたScrib欠損細胞が細胞競合により排除されることが示唆された。さらに、これまで独自に解析してきた細胞競合制御因子FGF21がマウスの肝臓においてもScrib欠損細胞で発現上昇することが示された。Scrib欠損細胞でFGF21を発現抑制するとScrib欠損細胞の排除が抑制されたことから、FGF21が生体内においても細胞競合によるScrib欠損細胞の排除に必要であることが示唆された。
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