研究課題/領域番号 |
22K15104
|
研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
青木 佳南 大阪大学, 微生物病研究所, 特別研究員(PD) (70904738)
|
研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | モルフォゲン / Wntシグナル / 細胞競合 / 細胞間接着 / 細胞間張力 / アクチン細胞骨格 |
研究実績の概要 |
生体組織において場に適合しない異常な細胞が突発的に出現すると、隣接する正常細胞がこれを感知し、異常細胞を組織から取り除く。この現象は細胞競合と呼ばれ、組織恒常性を支える新たな分子細胞システムとして近年注目されている。現在までに、細胞競合における異常細胞の排除メカニズムが徐々に明らかにされつつあるが、「隣接細胞が異常細胞をどのように感知するか」については研究が進んでいない。本研究では、細胞の硬さや流動性の変化といった細胞の物理的性質に着目して、隣接細胞が異常細胞を感知し細胞競合を起動する普遍的メカニズムを解析する。本年度はまず、細胞間張力を生み出し細胞間の力のバランスを変化させるアクトミオシン活性を確認した。その結果アクトミオシンの活性はWntシグナルと同様の勾配を示し、Wntシグナルと相関して変動することが明らかとなった。加えて、張力を異常に亢進させた細胞を胚に導入した結果、これらの異常細胞は、胚組織の張力が低い胚前方の領域に出現したものほど効率よく細胞競合による細胞死を起こした。また、この細胞競合は胚組織全体の張力を均一に低下させることで抑制された。さらに、Wntシグナル異常細胞出現時における隣接正常細胞の挙動を詳しく解析した結果、異常細胞の出現直後に隣接正常細胞において急速なカルシウムイオンの流入が起こることを見出した。このカルシウムイオン流入と異常細胞の排除は、細胞間張力により活性化するメカノセンスチャネルを阻害することにより抑制された。以上より、異常細胞出現時に細胞間の力作用が変動し、隣接細胞においてメカノセンスチャネルが活性化することでカルシウムイオンの流入が起こっており、これが異常細胞の感知と排除に寄与していることが示唆された。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、申請時の研究計画の内「研究② 物理的性質の変化を介して異常細胞を感知する分子機構の探索と機能解析」を中心に研究を行った。 まず、異常細胞出現時の力関係の変動を確認するため、異常細胞出現時において、細胞間張力を生み出すアクトミオシン活性における主要分子であるRhoAの活性をイメージングした。その結果、Wntシグナルと同様の活性勾配を示し、Wntシグナルが亢進した異常細胞では活性化レベルが上昇することが明らかとなった。以上の結果から、細胞間張力はWntシグナルと同様に、前方で低く後方で高いという勾配が形成されており、Wntシグナル異常細胞の出現によりE-cadherin量が増減した異常細胞では、裏打ちのアクトミオシン量の変動を介した細胞間張力の変動が生じることを明らかにした。 さらに、異常細胞出現時に、細胞間張力の変動に伴い隣接細胞側で活性化するシグナルを探索した。Wntシグナル異常細胞出現時における隣接正常細胞の挙動を詳しく解析した結果、異常細胞が出現してすぐに隣接正常細胞において急速なカルシウムイオンの流入が起こることを見出した。このカルシウムイオン流入や異常細胞の排除は、細胞間張力依存的に活性化するカルシウムイオンチャネルの一種であるメカノセンスチャネルを阻害することにより抑制された。この結果から、異常細胞出現時に細胞間の張力が変動し、隣接細胞においてメカノセンスチャネルが活性化することでカルシウムイオンの流入が起こっており、これが異常細胞の感知と排除に寄与していることが示唆された。以上の成果から、「研究② 物理的性質の変化を介して異常細胞を感知する分子機構の探索と機能解析」 について、異常細胞出現時に細胞間の力関係が変動しており、それにより隣接細胞側に流入したカルシウムイオンによるシグナル伝達を介して異常細胞を感知している可能性を示すことができたと考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
今後は、「張力を介した異常細胞感知を制御する分子機構の探索と機能解析」を中心として研究を進める計画である。本年度の研究により、「異常細胞出現時による細胞間張力変動は隣接細胞のメカノセンスチャネルを活性化させ、隣接細胞で急速なカルシウムイオン流入を引き起こすことで細胞競合が起動する」ことが明らかになった。今後は具体的に、張力の変動がどのようなプロセスを経て「異常細胞に選択的な排除・細胞死を誘導する機構」を活性化するのか、を解明したい。例えば、Wntシグナル異常細胞感知には異常細胞のカドヘリンの量的な変化が関わり、その細胞死誘導にはSmadの活性化とそれに続く活性酸素の増大が関わるが、カドヘリンからSmad活性化に至るプロセスは不明である。これを明らかにするため、異常細胞出現時に隣接細胞において発現上昇する分子のスクリーニング解析を行い、隣接細胞においてカルシウムイオン流入により活性化し、異常細胞においてSmadの活性化を引き起こす分子の探索を行う。これにより、異常細胞出現時の張力変化に応答して活性化し、異常細胞に細胞死を誘導する新規因子を同定する 。 並行して、「排除機構を起動させる異常細胞の張力変化の度合い」も定量的に解明する。胚組織ではシグナル強度の軽微な揺らぎが起きており、また張力も常に変化しているため、わずかなシグナル異常や張力変化では排除機構は起動しないようになっていると推測される。これについては、張力に応じて構造変化するFRETプローブなどを用いた細胞間張力の定量解析を行う。加えて、蛍光量子ドットを初期胚に導入後、細胞内における粒子の運動をトラッキングし、移動速度や平均二乗変位、拡散係数の算出により細胞質流動性を定量的に評価する。そして、異常細胞と隣接細胞において細胞質の流動性に差異があるかを検証することで、異常細胞の排除を決定する張力変化の度合いを探る計画である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
今年度の研究においては、細胞間の力関係の解析やカルシウムイオンイメージング解析といった、抗体などの消耗品を使用しない解析が主であったため、当初の研究計画よりも研究消耗品に当たる金額が少なかったことから、次年度使用額が生じた。 翌年度は、候補因子の探索と機能解析において、局在確認のための抗体や阻害剤等が多数必要になるため、次年度使用額分の助成金を使用して研究を進める計画である。
|