研究課題/領域番号 |
22K15277
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
田中 翔大 大阪大学, 大学院薬学研究科, 助教 (80880294)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 心筋再生 / 脂肪酸代謝 / ミトコンドリア |
研究実績の概要 |
心筋細胞は増殖能をほとんど失っており、そのことが、心筋梗塞をはじめとする、心筋細胞死を伴う心病態が不可逆的に進行する原因であると考えられる。したがって、心病態の根本的治療には心筋細胞の増殖を活性化させる必要があるが、そのためには増殖メカニズムの解明が不可欠である。これまでに、心筋細胞の増殖の停止には、心筋の成長に伴うミトコンドリアの成熟とエネルギー産生系の変化が酸化ストレスを増大させることが報告されている。そこで申請者はミトコンドリアの品質管理が心筋細胞増殖に重要であるという仮説を立て、研究を行っている。 令和4年度において、申請者は新生児ラット心筋細胞を培養している培地に遊離脂肪酸(パルミチン酸とオレイン酸との等量混合物)を添加すると、細胞周期マーカーであるKi67を発現する心筋細胞の割合が減少することを見出した。心筋特異的に恒常活性型YAPを発現するレンチウイルスベクターを感染させた心筋細胞では、遊離脂肪酸の添加の有無に関わらず、Luciferaseを過剰発現させたコントロール群よりもKi67陽性細胞割合が著しく高かった。また、恒常活性型YAPを過剰発現、あるいはYAP活性化剤であるTRULIを処置した心筋細胞では、遊離脂肪酸の添加により増加する脂肪酸代謝酵素であるCpt1b、CD36、およびPdk4のmRNA量の増加が抑制された。一方で、遊離脂肪酸添加によりPINK1のmRNA増加が認められたが、恒常活性型YAPの過剰発現、あるいはTRULIの処置によりPINK1 mRNAの減少が認められた。また遊離脂肪酸添加条件において、YAPの活性化がミトコンドリア膜電位を低下させた。 心筋細胞でのYAPの活性化は脂肪酸添加条件におけるミトコンドリア機能と増殖能に影響を与える可能性が見出されたため、今後より詳細な解析を行う。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
成長に伴うエネルギー代謝系の変化をin vitroの実験系で再現するために、培地への遊離脂肪酸添加という手法を用いたが、高濃度の遊離脂肪酸は細胞周期の停止だけではなく細胞死も引き起こすため、最適な条件を探るのに想定以上の時間がかかってしまった。また、心筋細胞の増殖を促進させるYAPの活性化体を過剰発現することで、ミトコンドリアの機能や品質に関わるエネルギー代謝酵素や形態制御因子、マイトファジー制御因子などの発現変動がみられるのではかと予測してRNAシークエンス解析を行ったが、一部の脂肪酸代謝因子の発現が抑制されることを除いて目立った発現変化が認められなかった。これまでの検討で、増殖能を有する心筋細胞において、ミトコンドリアの分裂促進因子であるMTFR2が高発現することを見出していたことから、心筋細胞増殖に関与しているのではないかと考え検討を行った。しかし、心筋細胞にMTFR2を過剰発現させてもKi67陽性細胞割合に変化は認められなかった。以上の通り、予想に反する結果が出たため進捗状況としてはやや遅れているが、YAPの活性化によりミトコンドリアでの脂肪酸代謝に変化が生じていることを示唆する結果が得られているため、今後はエネルギー代謝能などを足掛かりに検討を行っていく予定である。
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今後の研究の推進方策 |
活性型YAPの過剰発現により遊離脂肪酸添加条件でも高い増殖能を維持するとともに、ミトコンドリアへの脂肪酸運搬に関わるCpt1b、および糖代謝から脂肪酸代謝へとスイッチさせるPdk4の発現が抑制された。またYAPの活性化はPINK1の発現を抑制するとともに脂肪酸添加条件においてミトコンドリア膜電位を低下させた。これらの結果から、YAPの活性化は脂肪酸添加条件におけるミトコンドリア機能および品質を低下させている可能性が考えられるが、その一方で高い増殖能を維持しており、その一因として脂肪酸代謝の抑制が関与している可能性もある。この細胞増殖促進とミトコンドリア品質低下という一見して矛盾する結果に関連があるのか否かについてはより詳細な検討を行う必要がある。具体的には、YAPを活性化した心筋細胞におけるエネルギー産生系の変化をメタボロミクス解析により解明する予定である。また、ミトコンドリアの品質と機能の指標として、ミトコンドリア形態、ATP産生量、およびROS産生量の解析を行う予定である。 これまでにParkinによるマイトファジーが2型糖尿病性心不全を改善させるという報告がなされていることから、今回、遊離脂肪酸添加によってPINK1の発現が増加したのは心筋細胞の保護にはたらくためである可能性が考えられる。そのため、今後はPINK1を過剰発現することで、遊離脂肪酸添加条件においても細胞増殖の促進がみられるか、およびミトコンドリアの機能に影響がみられるかを解析する予定である。
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