心不全は5年生存率50%と生命予後が不良である一方で、根本的治療法はなく、その発症および進展抑制が喫緊の課題である。本研究は、心疾患危険因子を改善する低炭水化物食(Low carbohydrate diet: LCD)を構成する脂質の差異に注目し、特に心血管死を減少することが大規模臨床試験で報告された高植物性脂質LCDの心臓に与える影響を分子生物学的手法を用いて解明し、心不全の新しい食事療法の基盤となる科学的根拠を確立することを目的とした。 申請者は圧負荷心不全モデルマウスを用いて、高動物性脂質LCDが心機能を増悪すること、高植物性脂質LCDが心機能を改善することを確認した。そして、マウス心臓のトランスクリプトーム解析や脂肪酸組成解析を行い、高植物性脂質LCDに多く含まれるステアリン酸が、転写因子ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体(PPAR)αを活性化し、脂肪酸エネルギー代謝改善と炎症の制御を介して心不全を抑制することを報告した (DOI: 10.1038/s41598-023-30821-7)。 さらに、申請者は高植物性脂質LCDの摂取により、心臓の生体膜リン脂質(ホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン)に含有されるステアリン酸が増加していることを見い出した。不全心では脂質の利用が制限され、生体膜リン脂質組成の変化(リン脂質リモデリング)が生じることが知られているが、生体膜中のステアリン酸の保持に働くリン脂質リモデリングが心不全改善に重要である可能性が示唆された。今後は、生体膜リン脂質リモデリングの中心を担う膜蛋白質であるリゾリン脂質アシル基転移酵素(LPLAT)に着目し、食事療法の詳細な分子機序に加え、新たな心不全治療標的の発見を目指す。
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