本研究目的は個々のリン脂質が呼吸機能に果たす機序解明である。 まず、肺サーファクタントの脂質分子の概観を捉えるべく、マウス由来の気管支肺胞洗浄液(BALF)を用いて、脂質分画サンプルの脂肪酸測定を行い、リン脂質が主成分であることを確認した。ノンターゲットリピドミクスを行い、BALF中のリン脂質119種を同定した。 次に、リン脂質生合成酵素としてリゾリン脂質アシル基転移酵素(LPLAT)に注目し、肺サーファクタントでの各リン脂質の合成責任酵素の同定を試みた。全14種のLPLATのうち、2022年度に9種、2023年度までにさらに3種を加えた計12種の遺伝子欠損マウス由来BALFのターゲットリピドミクスを行なった。飽和脂肪酸含有PC合成をLPLAT1とLPLAT8、多価不飽和脂肪酸含有PC合成をLPLAT3とLPLAT12が担っていることを明らかにした。飽和脂肪酸含有PCは表面張力を減少させ肺胞虚脱を防ぐため呼吸機能に必須で、多価不飽和脂肪酸含有リン脂質は脂質メディエーターやフェロトーシスのソースである。呼吸機能に関して、既報のあるLPLAT8の他、表現型が確定された遺伝子改変マウスは現時点では認めていない。パイロットスタディでは2種の酵素が挙がっており、2型肺胞上皮細胞特異的欠損マウスを作成し、実験中である。 最後に、肺サーファクタントの可視化手段として原子間力顕微鏡-ラマン法を試みた。標準資料であるマラトグリーンのラマンシフトの検出には成功したものの、標準脂質から作成したリポソーム膜ではシグナルを検出することができなかった。原因の一つとしてレーザー強度が非常に強いことが考えられ、実際に溶媒中の細胞の撮影は可能であった。 以上より、本研究によって肺サーファクタント研究の礎を作ることができたと考えられる。しかし、特定リン脂質の生体機能の解明は不十分であり、今後の発展が期待される。
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