健常および肥満マウス肝臓において,インスリン-PI3K-Akt経路の各分子がどのようなタイムコースでインスリン刺激に対して反応するか実験および数理モデル解析を行った.ウス肝門脈からシリンジポンプを用いてインスリンを注入し,ウェスタンブロットにより肝臓でのIR,Akt,GSK3β,FoxO1,ACLY,S6K,4E-BP1といった分子のリン酸化レベルを測定した. 前年度までの研究により,肥満マウス肝臓ではAkt及びその下流分子のリン酸化レベルが見られ,これはIRおよびIRS2の発現量の低下により説明できることを数理モデルを用いて定量的に明らかにしていたが,最終年度ではさらに詳細なシミュレーションにより,各分子の周波数応答や,シグナル減弱への非線形応答などを明らかにした.また,Akt下流分子のswitch-likeな濃度応答を観測したが,数理モデルでこれを再現することにより,選択的インスリン抵抗性を一部説明できる結果が得られた. 研究期間全体を通し,本研究では2型糖尿病や肥満で見られるインスリン抵抗性が,シグナル伝達タンパク質の減少により定量的に説明できることを明らかにした.さらに,2型糖尿病の初期症状として,インスリンによる血糖値の低下は抑制される一方で脂質合成は亢進する選択的インスリン抵抗性と呼ばれる現象が知られているが,本研究で明らかになったAkt下流分子のシグナルに対する非線形応答は,選択的インスリン抵抗性の血糖値低下へのシグナルが減少するのに対し,脂質合成へのシグナルが減弱しないことに対応しており,そのメカニズムを説明できる展望がある.本研究で明らかになったAkt下流分子の非線形応答を元とすることで,将来的には血糖値減少には効果的だが,脂質合成を増加させないインスリン投与パターンの探索等が考えられることから,本研究は基礎医学のみならず臨床的な意義もある.
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