現在まで静脈麻酔薬デクスメデトミジン(DEX)がインスリン分泌に与える影響についての研究を、細胞生物学・電気生理学的手法を用いて継続している。 令和5年度には、より広範囲の濃度のDEXを使用してインスリン分泌に与える影響を再検討した。DEXとインスリン分泌における濃度反応曲線を作成し、50%阻害濃度を求めることで臨床使用濃度との関連性を示した。さらにELISAでDEXがインスリン含有量には影響を与えないことを明らかにした。パッチクランプによる電気生理学的実験では、すでにATP感受性Kチャネル・電位依存性Kチャネル・電位依存性Caチャネルに対してDEXが影響を与えないという実験結果を得ているが、今回高濃度グルコースによる細胞内Ca濃度の変化をDEXが阻害しないことを示した。 DEXが細胞障害や酸素消費量や代謝に影響をきたさず、インスリン分泌を促進する薬剤との併用においてもその促進効果を相殺しインスリン分泌を抑制するという、現時点までに解明してきた実験結果と併せて論文を作成した。すでに査読付きの雑誌への投稿を済ませている。 本研究は、DEXがインスリンの主要な分泌経路であるATP感受性Kチャネルとは異なる経路に作用すること、つまりα2アドレナリン受容体あるいはインスリン小胞の輸送や開口分泌に影響を与えることによりインスリン分泌を抑制する可能性を示している。適切な血糖コントロールは周術期や救急医療における重要課題の1つであり、グルコースの代謝バランスやインスリン分泌制御の解明は医学上の大きな課題である。DEXがインスリン分泌を抑制することは過去の研究で報告されているが、詳細な分子機序の解明は不十分である。本研究で得られた知見はその機序の一部を明らかにするものであり、臨床使用における患者への影響を考える上で非常に重要である。
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