研究課題
近年、変形性膝関節症(Knee OA)に対して培養した脂肪由来幹細胞(ADSC)による細胞治療が行われている。細胞は関節腔内に投与されるが、そこは関節腔内血漿の限外濾過液である滑液に満たされており、培養されたADSCは滑液と相互作用して治療効果を発揮することになる。しかし、滑液が投与されたADSCに与える影響はほとんど報告がない。そこで、本研究ではADSCに対する滑液の影響を遺伝子発現レベルで解析することで、より関節腔内で生存できるADSCの細胞製剤や投与方法の開発を目指す。臨床で行われているADSC細胞治療計画において、脂肪組織から単離されたADSCは細胞培養加工施設で拡大培養した後に、凍結保管されて投与場所に搬送される。凍結したADSCは関節内投与を行う直前に凍結融解され、生理食塩水等に懸濁されることで治療用のADSCとして関節腔内に投与される。既報の培養中でのADSCに対して滑液の曝露は細胞致死を示したが、本年度の成果として生理食塩水に懸濁された治療用ADSCは滑液に曝露されることで細胞生存率の維持が認められた。さらに、生細胞率の向上に寄与する細胞内因子を明らかにするために、DNAマイクロアレイを用いたトランスクリプトーム解析により、滑液添加によって発現が上昇する遺伝子群を同定できた。この遺伝子の一つであるFOSL1をノックダウンすると生細胞率が低下したことから、この遺伝子が関与することを証明できた。
2: おおむね順調に進展している
本研究では、治療用に調製したADSCを関節腔を模した環境で培養し、膝関節症患者由来のSFを添加した場合の影響を検討した。SFの添加により、ADSCsの生存率の向上が観察された。DNAマイクロアレイを用いたSF処理したADSCの遺伝子発現プロファイリングにより、細胞の生存に関わるいくつかの遺伝子に変化が見られた。これらの遺伝子のうち、ADSCsの治療効果やがん幹細胞の生存・増殖に関与するFOSL1遺伝子に着目した。FOSL1のmRNAおよびタンパク質の発現が上昇していることを、それぞれRT-PCRおよびウェスタンブロット解析で確認した。次に、siRNAを用いてADSCsのFOSL1をノックダウンしたところ、細胞生存率の低下が確認され、ADSCsの生存にFOSL1が関与していることが示されました。興味深いことに、ノックダウンした細胞では、SF曝露によりADSCの生存率も低下していた。これらの結果は、SFがADSCsのFOSL1発現をアップレギュレートすることにより、細胞生存率を高めることを示唆していると考えられる。培養ADSCsを用いた治療において、ADSCsのFOSL1発現をよりアップレギュレートしやすい環境を構築できれば、ADSCsの治療効果がさらに高まる可能性があると考えられた。これらの成果をオープンアクセスの英語論文として発表することができた。
治療用のADSCは投与され滑液に暴露されると生細胞率が維持されることから、より滑液中に生存できるADSCを開発することが変形性膝関節症に対する治療効果の向上に繋がることが期待される。したがって、治療用のADSCは各種培養条件(3D培養資材等)により滑液暴露後の長期生存率維持を目的とした研究を行う予定である。様々な会社で販売されている3D培養資材を用いての滑液中の治療用ADSCにおける生存率や遺伝子発現変動をマイクロアレイ、RT-PCRおよびサイトカイン産生量をELISAにより評価する。またKnee OAモデルマウスを確立したことからIn vivoでの評価にも繋げていきたい。
実験手法の見直しや効率化によって、実験で使用する試薬等の経費を当初の予定よりも節約することができたため、未使用額が生じた。来年度中には再度購入する必要があるため、これらの購入に使用する予定である。本年度は、変形性膝関節症患者の滑液を集めることに注力し検体数は11体増え、総数は26検体まで収集することができた。次年度は予算を活用して、滑液中でより治療効果を発揮するADSCの培養方法を模索していく。
すべて 2023
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件)
Cells
巻: 12 ページ: 330~330
10.3390/cells12020330