本研究では、神経栄養因子の1つであるBDNFの受容体TrkBに着目し、そのシグナル伝達を持続的に活性化させる新規の遺伝子治療用分子F-iTrkBを開発した。F-iTrkBを導入したアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター(AAV-F-iTrkB)を作製し、緑内障モデルマウスである正常眼圧緑内障モデルマウス(GLAST-KOマウス)および高眼圧緑内障モデルマウスの眼内に投与した。その結果、両方のモデルマウスにおいて、網膜神経節細胞(RGC)の生存が対照群と比較して有意に改善し、多局所網膜電図を用いて測定した視機能の低下も抑制された。この結果により、AAV-F-iTrkBによる緑内障性神経障害に対する神経保護効果の可能性が示された。同様に、視神経挫滅モデルに対してAAV-F-iTrkBを発現させたところ、RGCの生存が有意に改善された。同時にRGCの樹状突起を観察したところ、樹状突起の長さ・面積・枝分かれ数の保護効果も確認された。さらにRGCの軸索再生が顕著に促進され、一部の再生軸索は視交叉にまで達することが確認された。また、RGCの細胞体だけでなく樹状突起についても観察を行ったところ、その形態が対照群と比較し保たれる結果となった。 本研究で開発されたF-iTrkBは、緑内障をはじめとする様々な神経変性疾患に対する新たな遺伝子治療法として大きな可能性を秘めている。F-iTrkBによるTrkBシグナルの持続的活性化は、神経保護のみならず軸索再生をも促すことから、これまで困難とされてきた中枢神経系の変性や損傷に対する革新的な治療法になることが期待される。本研究の成果は、基礎研究から臨床応用に向けた大きな一歩であり、神経変性疾患の克服に向けて重要な意義を持つものと考えられる。
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