研究課題/領域番号 |
22K17820
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研究機関 | 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター |
研究代表者 |
杉山 悠真 国立研究開発法人国立長寿医療研究センター, 研究所 ジェロサイエンス研究センター, 研究員 (30869384)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 遺伝子クラスター / ATAC-seq |
研究実績の概要 |
初年度の主な成果は、RNA-seqの実施によって得られたMEF細胞老化の進行に付随した網羅的な遺伝子発現情報と、その解析から特徴的な発現動態を示す遺伝子群を抽出できた点である。具体的には、細胞老化の各進行段階にある集団の遺伝子発現プロファイルを比較することで、細胞老化の初期段階でのみ高発現する85遺伝子を含む遺伝子集団を見出し、その中にSASP因子が多数含まれることがわかった。また一部のSASP因子は染色体上で近接しているものもあり(遺伝子クラスター)、細胞老化の進行に付随した共通の制御機構の存在が示唆された。今後は転写制御メカニズムを解明するために、計画に沿って転写制御因子やエンハンサー領域を同定していく。 また、次年度の前半に予定していたエピジェネティックな解析の一部に着手できた点も成果と言える。具体的にはATAC-seqを実施し、RNA-seqで着目したSASP因子が高発現する初期段階の老化細胞においてオープンになる(凝集度の低下する)クロマチン領域をゲノムワイドに抽出できた。この情報をもとに、モチーフ解析やChIP-AtlasによるEnrichment解析を実施することで、転写制御因子の候補分子を選出できると考えている。 さらに、今後MEFで着目したSASP因子の発現動態やその生理的意義を生体組織で検証するために、予備的な検討として、FACSを用いた脾臓リンパ球の評価を実施した。その結果、加齢に伴うhCD2陽性T細胞(≒p16陽性T細胞)の増加が確認できたため、抗hCD2抗体に天然毒素サポリンを結合させたイムノトキシンを作製し、この細胞集団の生体内での除去に挑戦した。作成したイムノトキシンを当該モデルマウスに投与したところ、hCD2陽性T細胞が除去され、免疫老化の表現型の一部に緩和傾向がみられたため、論文として発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず初年度の計画の主軸とした、当該モデルマウス由来のMEFを用いた「細胞老化進行にともなうSASP因子の発現動態評価」はRNA-seqの実施とその解析によって達成できたと考えている。実際にこの網羅的遺伝子発現解析により、興味深い発現動態を示す85の遺伝子を抽出し、その中には染色体上で遺伝子クラスターを形成するSASP因子も確認できた。これらのSASP因子は細胞老化の進行に付随した共通の転写制御を受けている可能性がある。 また本来の計画では次年度の実施予定だったが、RNA-seqで着目したSASP因子の発現制御機構の解明にも着手し、転写制御因子やエンハンサー領域の候補を絞り込むためにATAC-seqを実施した。これにより、重要な手掛かりとなり得るゲノムワイドな情報が得られた。 さらに、着目したSASP因子の発現動態や生理的意義を生体内で検証してくための予備的な評価として実施したFACSにおいて、加齢に伴うhCD2陽性(p16陽性)T細胞の増加を確認した。またこの細胞集団は、抗hCD2抗体に天然毒素サポリンを結合させたイムノトキシンの投与により生体内で除去され、同時に免疫老化の表現型の一部に対する緩和傾向が確認されたので、これらの知見を論文として投稿し、受理された(Experimental Gerontology, 2023)。 以上の進捗から、本研究はおおむね順調に進展していると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究方針はおおむね当初の計画通りに、次の二軸で展開していく。
■転写制御因子の探索と同定 初年度に実施したATAC-seqの情報をもとに、モチーフ解析・ChIP-AtlasによるEnrichment解析などを実施し、さらにRNA-seqの結果と合わせて転写制御因子の候補を絞り込んでいく。絞り込んだ候補については、MEFでのノックダウンを実施し、SASP因子の遺伝子クラスターの発現動態に及ぼす影響を評価することで、責任分子であるかどうか判断する。 ■着目したSASP因子の発現動態を生体組織サンプルで評価 RNA-seqで着目した特徴的な発現動態を示すSASP因子について、老齢マウスの組織での発現を評価する。具体的には、セルソーターを用いてhCD2の発現レベル別に細胞を分取することで、細胞老化の進行段階別のtotal RNAを確保し、RT-qPCRにより発現動態を評価する。標的組織は、加齢とともにhCD2の発現が確認できている脾臓、皮膚、肝臓などを優先的に解析する。
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次年度使用額が生じた理由 |
まず、MEFを用いたRNA-seqにおいて、計画通りのsorting条件で特徴的な発現パターンを示すいくつかのSASP因子が抽出できたため、条件を変更して追加のRNA-seqを実施する必要が生じなかった。さらに、注目したSASP因子の発現制御メカニズムを探るアプローチとして計画していたChIP-qPCRやChIP-seqを、より効果的と思われるATAC-seqに変更したことで効率的に転写制御因子とエンハンサー領域の候補を選定できた。これらの理由が、費用を抑えられた理由である。 初年度でおさえられた分の費用は、次年度でのATAC-seqの追試とノックダウン実験に使用したいと考えている。先行して実施したレンチウイルスベクターを用いたノックダウンの予備実験では、MEFの予期しないウイルス感染応答が確認されたため、別の遺伝子導入法の検討が必要になった。この検討に、当初想定していたよりもコストがかかる見込みとなっている。
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