研究課題/領域番号 |
22K18023
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
上田 紗也子 名古屋大学, 環境学研究科, 特任助教 (00612706)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 黒色炭素 / 大気エアロゾル / アイスコア / 化石燃料 |
研究実績の概要 |
黒色炭素(BC)は、化石燃料の燃焼やバイオマスバーニングにより大気に排出されるエアロゾル物質であり、人間活動に依る燃焼活動の影響を測る重要な指標の一つである。人間活動の影響がほぼない産業革命以前に遡った大気環境変化の指標となる観測値は、気候モデルを精緻化する際に必要である。本研究では、2021年6月にグリーンランド・SEドームで掘削された220年分のアイスコア試料について、BC濃度の測定を行っている。四季に分けたアイスコア試料に対し、Single-particle soot photometer (SP2)を用いてサイズ別のBC濃度の測定を進めている。さらに、BCやその他の燃焼起源物質の観察を目的として、水不溶性物質の透過型電子顕微鏡(TEM)観察も試みた。しかし、TEM観察により試料を保存するガラス容器から多く溶出物が発生していることが明らかとなった。そこで、保存容器によるアイスコア試料のBC分析への影響を評価するための基礎実験を行った。基礎実験により、溶出物のないプラスチック容器がTEM試料の作成に有効であることがわかった。一方で、SP2でのBC濃度測定に対してはガラス溶出物の影響は少なく、試料を長期保存した場合、ガラス容器保管の方がプラスチック容器保管よりも安定したBC濃度値とBCサイズ分布を得られることが明らかとなった。この基礎実験の結果について、現在論文化を進めている。また、一部のアイスコアから得られたBC濃度については、先行研究で報告されているグリーンランドの他の基地のアイスコアBC濃度の比較を行った。アイスコア中のBC濃度は、グリーンランド広域で類似した年々変動を示すことが分かった。一方、SEドームは涵養量が非常に高い地域だが、BCフラックスは他の涵養量が低い地点と同程度であった。BCフラックスとローカルな気象条件との関係性、各地点におけるBC測定値の代表性に関する検証に使用できる情報を取得しつつある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2023年の1月からアイスコア試料のBC測定を開始し、現在、296試料(75年分)のアイスコア試料のBC分析を終えている。試料分析は従来研究の手法を参考に進めていたが、分析初期のTEM観察での気づきによって、保管容器に関する評価とTEM試料作成方法の検討を行う必要性が出てきた。基礎実験を行ったことで、結果的に、類似した試料を扱う多くの研究と共有すべき有益な情報を得られた。本来の目的であるアイスコアのBCの分析と試料観察が当初の計画より遅れているため進行状況の区分を3としたが、基礎実験によって今後取得されていくデータを強く保証するための根拠となるデータを得られている。着実な手順を踏みながら本研究を進めることができている。
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今後の研究の推進方策 |
前年度に引き続き、BC濃度測定を行う。2025年度中頃までを目標に、全220年分の試料の分析を進めていく予定である。既に得られているデータを用いて解析を進めており、先行研究で既に報告されているグリーンランドの他の基地との比較を行っている。また、サイズ別BC濃度の時代的な変化が見えている。これについて、グローバルモデルによる計算結果との比較を進めており、引き続き議論を進めていく予定である。水不溶性物質のTEM観察については、容器由来のコンタミの問題により、BC測定用のアイスコア試料とは共有して使用できないことが判明した。そこで、北海道大学と相談し、処理や保管の過程でガラス容器を使用していない、アイスコアの別の区画の試料を用いることになった。既にあるBC濃度の測定結果に基づき、BCの高濃度時期やイベントにあたる時期のアイスコア試料を選出し、今年度に改めてTEM用の試料を作成し、観察を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
分析のための技術補佐員を初年度の途中から雇用する予定で人件費を計上していたが、物品の納品時期の遅れによりBC測定の開始が遅れたため、技術補佐員の雇用は2年度の途中からとなった。アイスコアの分析は、北海道大学での処理作業と調整する必要がある。また、安定したBC濃度を得るために、試料の輸送において温度管理の難しい冬期の輸送は避けることにした。このような処理と輸送の事情で、2023年度はBC分析を行わない11月から3月の期間は技術補佐員を雇用しなかった。そのため、現状では人件費をあまり使用していないが、分析が予定より長く(最終年度まで)かかると見込まれる。2023年度に使用しなかった人件費を次年度に繰り越し、技術補佐員の雇用のため、新年度の人件費と合わせて使用していく予定である。また、実験機器や消耗品などの値上がりや手法や容器の変更により、物品費が予定より多くかかっている。繰り越した人件費の一部は物品の購入にも使用する予定である。
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