昨年度までに、我々はヒト嗅覚受容体セルアレイセンサーで約100種類のにおい分子(単純臭・複合臭)を測定しており、388次元のにおいマトリックスを蓄積した。しかし、以前より先駆的なヒトOR研究を行っている米国Duke大学の松波先生のグループなどでも共通した未解決課題として、ヒトOR発現細胞のにおい分子に対する検出感度不足がある。具体的には、ヒト嗅神経細胞の内在性ORは非極性におい分子に対して最少検出感度が概ねppbレベルであるが、再構成OR発現細胞の最少検出感度は2桁低い。その原因は2点に集約され、(1)7回膜貫通タンパク質であるヒトOR分子がHEK293細胞の小胞体膜に正しく配向しない(松波先生の近著:PNAS 2020 117(6):2957-2967にも同様の指摘有)、(2)細胞内Caイオン濃度変化を確実に捕らえていないである。そこで、本研究では、初年度は、再構成したOR発現細胞の検出感度上昇を図った。具体的には、ヒトOR発現系の改良のために、ORの正しい膜局在を促すN末端シグナルペプチドをLucy、リゾチーム、IL2由来ペプチド等への置換や融合を検討した。また、Caイオン検出系の改良のため、CameleonやYC2.60を検討した。さらに、各種阻害剤の検討のため、GRK3、PDE、CX、PMCA、CALM、CAMKIIの各阻害剤を単独もしくは組み合わせて検討した。 今回、2年度では、ヒト嗅覚で感じるにおい分子数は数十万説から数千万説まであり定説がない。しかし、ヒト官能(香調)データに基づく多変量分析によれば、ヒト嗅覚が感じるにおい分子は10種類のグループに分類でき、各グループに代表的なにおい分子138種類が示されている(Castroら、PlosONE 2013 8(9):e73289)。そこで、2年度では上記分類の検証も含めて、提示されている138種類のにおい分子を全て改良型本センサーで測定し、388次元のにおいマトリックスデータを得た。
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