研究課題
光情報は視神経を介して脳に伝達されるが、受容された光情報のうち、非視覚情報(対光反射、概日リズムなど)は、網膜視床下部路や網膜膝状体路を経て、視交叉上核、膝状体、前被蓋野、中脳上丘に到達する。生体リズムの中枢である視床下部の視交叉上核(SCN)は、直接および間接的に光情報は入力するのである。本年度は、この光入力の乱れによって起こる障害の一つの「時差ぼけ」に着目して実験した。生体リズム(体内時計)と環境リズム(環境時間)の不整合は、海外旅行時の時差ボケのみならず、フレキシブルな勤労時間の変動が常態となった現代社会では、ふつうにみられる現象である。近年では、週末の睡眠タイミングの後退が原因でも起こる、月曜の体調の悪さも、近年「社会的時差ぼけsocial jetlag」として取り扱われている。このような、ライフスタイルの変動による社会的時差ぼけの常態化が、うつ病などの精神疾患を増大させたり、癌、肥満、高血圧症などの生活習慣病の誘因になるといわれている。そこで、実験動物であるマウスも時差ぼけを起こすのかどうか、まず私たちはそこから検証を始めた。日周リズムと体内リズムのずれがなぜ起こり、ずれの発生にどのような物質が関わるのか、またなぜ様々な病態を引き起こすのか? 我々は以前、バソプレシンV1a受容体とV1b受容体の両方をノックアウトすると、完全に「時差ぼけ」が消失することを見つけた。今回、さらに詳細に、この「時差ぼけ消失マウス」をさらに探求するため、バソプレシンに関する神経回路を、部位特異的なノックアウトマウスの手法によって検討した。その結果、SCN内のバソプレシンーV1a受容体系だけでなく、SCNの外にある室傍核バソプレシンー下垂体V1b受容体系が、時差の形成に主要な役割をすることが判明した。
2: おおむね順調に進展している
不定期に光を浴びることで、生体リズムはリズムの位相を変化させるとともにその振幅を「時差ぼけ」として変動させる。その分子神経機構を解明するため、部位特異的遺伝子改変マウスを用いて検索した。 まず、SCNのバソプレシンーV1a受容体だけを欠損させたマウスでは、時差ぼけは半分に軽減された。ただ、この時は、V1a/V1b受容体ダブル欠損マウスのように、完全に時差ぼけが消失することはない。これは、時差ぼけにSCN以外のバソプレシン神経系が存在することを示唆している。そこで、SCNのバソプレシン細胞とは別の室傍核小細胞バソプレシン・下垂体 V1b 受容体系に着目した。この系をノックアウトしたマウスでは、通常よりも倍の速度で再同調した。つまり、SCN外の室傍核のバソプレシンによって活性化された下垂体の V1b 受容体も、時差ぼけからの回復に関与することがわかった。さらに、SCNのV1a受容体とともに、室傍核・下垂体のV1b受容体をノックアウトすると、ほぼ完全に時差は消失し、時差ぼけを起こさないことがわかった。すなわち、SCNバソプレシン系と下垂体POMCバソプレシン系の両方が別々に時差に関与していたのである。
視床下部-下垂体-副腎系(hypothalamic-pituitary-adrenal axis:HPA軸)は、視床下部室傍核からのコルチコトロピン放出因子(Corticotropin-Releasing-Factor)およびバソプレシンの放出、下垂体からのPOMC(ACTH)放出、副腎皮質からのコルチゾールなどのステロイド放出を制御する生体の「ストレス応答」の主要な系である。時差ぼけの病態が、生体リズムの中枢であるSCNだけでなく、HPA軸のストレス応答に直接影響するという今回の発見は、リズム異常が睡眠障害、消化管障害などを引き起こす理由を考える上で、非常に興味深い。今後、このマウスの結果が、マーモセットやヒトで起こるかを検証することは、重要な検討課題である。マーモセットやヒトの睡眠の解析は、現在行っているものを、数理解析を含め、さらに延長して解析を進める。各種病態もこれまで以上に、生理学、生化学、数理学を含めた総合的解析に力を入れて、完遂したい。
マーモセットの時差実験が当該年度に終了せず、引き続き次年度に渡って施行する必要が生じたため。時差実験は令和6年4-5月に継続して行い、その解析を6-8月にかけて行う。
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