心理学分野では古くから、「注意とは何かを知らない人はいない」と言われるが、その神経メカニズムは、未だその多くが不明である。本研究は、期待どおりに報酬が得られずに予想と実際の報酬の差である期待外れが生じる際にその学習を促進する注意、すなわち消去学習を促進する注意の神経メカニズムを解明するための技術開発を行った。第一に、サブ秒単位で生じる報酬の期待外れに対する行動を定量的に評価するラット行動モデルを開発した。まずある条件刺激の後に100%確実に報酬を与えた後、新しい条件刺激を複数加え一部の刺激後の報酬確率を減らし報酬に関する期待外れを生じさせた。この新規に生じた期待外れに対して注意が高まり、報酬期待を消去する学習が促進されるはずである。この学習を促進する注意を担う神経基盤として、前脳基底部のアセチルコリン(ACh)作動性細胞から記憶に関わる海馬に投射する神経回路に着目した。海馬におけるACh量をサブ秒単位の解像度で計測したところ、期待外れに対して注意が高まる学習の初期に上昇し、ACh量が多いほど報酬の有無を確認する時間が増加した。このことは、海馬におけるAChの増加が報酬の消去学習を促進する注意を担う可能性を支持する。次に期待外れが生じる瞬間の海馬におけるACh信号の上昇が因果的に消去学習を促進するか検討するため、ACh回路の活動をミリ秒単位で制御できる光遺伝学法と融合する行動課題を開発した。その課題において、前脳基底部から海馬に投射するACh細胞の活動を、期待外れが生じる瞬間だけに光遺伝学法によって刺激すると消去学習が促進されることを見出した。またAChの増減が海馬に及ぼす影響を検討するために、ACh回路の活動を光で操作するとともに海馬の神経活動を計測するための技術開発を行った。
|