研究課題/領域番号 |
22K18686
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
吉川 貴史 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 助教 (60828846)
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研究期間 (年度) |
2022-06-30 – 2024-03-31
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キーワード | 核スピン / 核スピントロニクス / 核磁気共鳴 / スピン流 |
研究実績の概要 |
本研究では、核スピンの持つ高コヒーレンス性に基づく核磁気共鳴(NMR)と高い操作性・機能性をもつスピントロニクス技術とを融合させた新しい分光学の開拓に取り組む。本研究を通じて、電気的に核スピン励起を変調・検出する新しい科学技術の創出を目指す。本年度は主に以下の2課題について研究を進めた。 (1)広帯域マイクロ波反射NMR分光の開拓:スピントロニクス分野で幅広く用いられている広帯域マイクロ波反射分光法により、金属薄膜試料のNMRの検出に成功した。試料として高核スピン核種55Mnを含む金属薄膜NiMnSbを用い、様々な温度でマイクロ波分光の測定を行った所、温度5 K以下の低温において、55Mn核のNMR周波数300 MHz帯に明瞭なマイクロ波吸収を見出した。また系統測定により、NiMnSb中の55Mn核及び電子スピン共鳴スペクトルの磁場分散の全貌を明らかにした。本手法に基づけば、共鳴周波数や磁場分散に関する情報を従来よりも詳しく且つ容易に得ることができ、今後、従来のパルスエコーNMR法との相補利用等の展開も期待できる。 (2)電流誘起NMR励起・検出法の開拓:上記の測定で利用したNiMnSbは反転対称性の破れた金属であり、電流を流すことにより非平衡スピン蓄積が生じる系である。このスピン蓄積が超微細相互作用を通じて、核スピンにトルクを与えることで、核磁気共鳴が引き起こせる可能性がある。この原理に基づき、電流誘起NMRの測定を行った所、低温下で有意な信号を見出すことに成功した。この振る舞いは低温下における核スピン分極率の増大と整合しており、電流誘起NMRの信号であることを強く示唆していると言える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
広帯域マイクロ波反射分光法によって、金属薄膜試料のNMRを測定することに既に成功している。この手法はスピントロニクス分野で幅広く用いられている一方で、金属系のNMRへの適用は、表皮効果の影響や極めて小さな核磁気回転比がネックとなり、従来難しかった。この手法に基づいた核スピン励起・検出の実証は、重要な進展であると言える。これは今後、スピントロニクス分野への展開や、従来のパルスエコーNMR法との相補利用等の展開も期待できる。また、本研究課題の中核をなすスピン流・電流誘起NMR励起・検出の実証に向けて、ベクトル磁場対応の4He冷凍機における測定セットアップの構築や検出技術の洗練化が進んでおり、当初予定を前倒しして、最初の電気信号の検出にも成功した。以上より、研究は順調に進展しているものと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
研究初年度の研究でその端緒をつかむことに成功した電流誘起NMRの系統測定を進め、実験・理論の両面からその物理機構を明らかにするとともに、論文化を進める。ここで得られた知見をもとに、今後の物質開発に向けた指針を打ち出していく予定である。また、本結果を国内外の学会・研究会等で積極的に発表し、成果を発信していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
学会がオンライン化されたことにより、旅費の使用額を抑えることができた点が挙げられる。また、令和4年度に導入したシグナルジェネレータが当初の予想よりも安価に購入することができた。また本装置に基づく実験が上手く行っており、現在系統測定を進めている段階である一方で、令和5年度も消耗品類の購入が都度必要になると予想される。このような理由及び、令和5年度の研究において本研究課題の当初目標を確実に達成するために、次年度使用額が発生した。
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備考 |
【解説記事】吉川貴史, 齊藤英治,“核スピンを利用した熱電変換”日本熱電学会誌 18, 143-144 (2022). 【解説記事】吉川貴史, 齊藤英治,“核スピンゼーベック効果の観測”応用物理 91, 745-749 (2022).
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