本研究は,生体音モニタリングによる疾患の早期発見へ向け,生体音をノイズのない状態で抽出するシステムの開発を目指したものであり,令和4年度は,対象とする生体音として心音に的を絞り,心音の主要成分であるⅡ音の時間信号モデル化を行ったほか,分離ベクトルの最適化による心音抽出フローの確立や,計測用マイクフォンアレイデバイスの作製を行った. 最終年度は,前年度に構築したⅡ音モデルをさらに拡張し,心臓の4つの弁から生じる各弁音を,周波数(2種)・持続時間・発生タイミング・振幅比率の5個(合計20個)の固有パラメータで表し,これらに心臓の生理学的・解剖学的特徴に基づいた制約条件を与えることで,心音全体のモデルを構築した.また,心音モデルのパラメータ最適化時の局所解問題について,differential evolutionの活用や損失関数への適切な重み付け等により解決できることを示した.そして,当初計画通りの,心音モデルと分離ベクトルの最適化による多チャネル音からの心音抽出システムを完成し,シミュレーションと実測実験にてシステムが正しく機能していることを実証した. 開発したシステムは,ノイズを含む計測音から心音を抽出でき,そのノイズ除去性能は計測音のチャネル数増加に伴って向上した.これは,同システムをより発展させることでノイズの全くない状態での心音抽出が実現できることを示唆しており,心音データからの心血管疾患自動診断技術の飛躍的な性能向上に繋がる.また抽出した心音をさらに弁音の状態まで分離(復元)することも可能であり,これは肺高血圧症の非侵襲診断へ応用できることを示している.さらに本システムは,心音モデル部分を他のモデルに置き換えることで,他の生体音を含む包括的なヘルスケアモニタリングや,産業機器の異常音検知など,様々なアプリケーションへの発展も可能である.
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