研究課題/領域番号 |
22K18955
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
安田 賢二 早稲田大学, 理工学術院, 教授 (20313158)
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研究期間 (年度) |
2022-06-30 – 2025-03-31
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キーワード | 脳型コンピュータ |
研究実績の概要 |
神経細胞を用いた脳型コンピューティング技術は、1)無保守で数十年に及ぶ安定した記憶・認知・判断力の維持、2)損傷時の自己修復、3)低消費エネルギー・耐電磁パルス(EMP)、4)創発などの能力を有する次世代コンピューティング実現の可能性を秘めている。加えて記憶障害や認知・判断機構の解明などの医療への貢献だけでなく、神経細胞ネットワークの持つ「メンテナンスフリー」「自己修復能力」「低消費エネルギー」「創発機能」などの生命の理解にもつながると考えられる。現在、神経細胞からのアプローチは神経細胞・組織を中心とした分子機構からの解明に留まっており人工神経細胞ネットワーク演算回路の基礎的な原理検証には未だ世界のどこも成功していないのが現状である。本研究は、微小多電極基板上に神経細胞ネットワークを構築し、各神経細胞と電気的なシグナルの授受を可能にするオンチップ神経ネットワークプラットホームの開発を推進し、将来のシリコン系電子回路と神経細胞ネットワークが融合した新たなバイオコンピューティング系を実現する基盤技術の開発を目指すものである。 2年目は、初年度の成果を踏まえて、引き続き(1)アガロース立体構造を用いた神経細胞ネットワークの構築技術、(2)神経突起の軸索分化技術と追加微細加工による軸索と樹状突起の一方向制御結合技術の開発を行い、次に述べる成果を得ることができた。(1)ネットワークの構築技術では、神経突起を損傷なく順番に1本単位で伸長させるアガロース構造の最適な組成と手順を確立し、神経細胞1個単位でこれから神経突起をそれぞれ独立して配置できる手法を整備した。(2)神経突起の軸索分化技術も、初年度に神経細胞から伸長して最初に100µm以上の長さに達した神経突起が軸索に分化することを明らかにしたが、さらに複数の神経突起が同条件を満たすとともに軸索になることを初めて明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
これまでチップ上で自在に神経細胞ネットワークを設計通りに構築することが困難であった最大の原因は、神経細胞から伸長する神経突起が後天的に軸索(出力側)と樹状突起(入力側)に分化するために、その配置を回路として予め組み込むことができなかったことにある。本研究では、初年度の成果を踏まえて、われわれが開発した独自技術であるアガロース微細追加工技術を用いて、さらに詳細に神経細胞培養中に各神経細胞から伸長する神経突起の1本ごとの配置技術と、段階的追加工を利用した軸索・樹状突起への分化規則を明らかにすることに成功した。以下に、2つの達成成果を報告する。 (1)細胞培養技術:基板上に薄く塗布したアガロース層に赤外集束光で微細構造を組み込んで、1つの神経細胞から伸長する複数の神経突起を1本単位でそれぞれの通路に誘導して別の神経細胞の神経突起だけでなく細胞体の特定の部位に結合させることができる手法を確立した。これにより次に述べる(2)の成果を得ることができた。 (2)神経突起の軸索・樹状突起への分化ルールの解明:初年度に引き続き、神経突起が軸索に分化する条件を見出すため、アガロース微細構造を利用し、神経細胞から伸長した複数の神経突起の長さと伸長順序を順次制御したところ、伸長長さが50µmに至らないところでは分化しないこと、伸長が100µmを超えると100%軸索分化するだけでなく、2本の神経突起を同じ条件にすると、伸長順序によらず、ともに軸索に分化することを明らかにした。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、第3年度も引き続き3つの課題(1)細胞培養技術、(2)神経細胞ネットワーク構築技術、(3)刺激・計測(演算)技術の開発を継続してゆく。特に(1)細胞培養技術と(2)神経細胞ネットワーク構築技術については、初年度から2年度目までで、1つの神経細胞から伸長する複数の神経突起の軸索への分化誘導のルールが明らかになったことから、これを踏まえて軸索・樹状突起の伸長方向を完全に制御した経回路ネットワークを基板上に作成する技術の確立を目指す。また(3)刺激・計測(演算)技術の開発については、3年目も緻密な刺激・応答を測定するためにパッチクランプ法を活用し、最小細胞ネットワークによる演算を進める。本研究では、神経細胞の刺激・測定に、電気生理学的手法として最も普及しているパッチクランプ法を用いるが、この手法では一般に最大でも3つのガラス微小電極を同時利用できるだけであり、また細胞に貫通穴を開けるため計測開始後の細胞の寿命は数十分程度に制限される。これらの課題を解決するために多電極アレイでの刺激・計測技術の利用も試みる。1細胞単位の多電極計測と1細胞のみに電極から刺激を与える手法についてはいろいろなアイデアを加えた改善が必要であるためこれらについても2年度目から引き続き技術課題として取り組みたい。
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