ラマン散乱光に関する貴重な知見は、分子の構造の同定を容易にし、結晶の配向や結晶性、応力・歪に関する情報を提供する。しかし、これまでに原子スケールでこれを直接観察した例はない。最近、申請者は、物質表面に局在する光(近接場光)の強度分布を力として検出するという新しい概念の光学顕微鏡(光誘起力顕微鏡)について研究を行っている。この光誘起力顕微鏡では、物質表面への光照射により誘起される双極子と、原子間力顕微鏡の金属探針(力センサー)に誘起される双極子との間の双極子・双極子相互作用を力として検出する。本研究の目的は、物質表面の構造と振動準位を原子分解能で観察可能な次世代の近接場ラマン光学顕微鏡を開発すると共に、その原子分解能観察の条件を解明することにある。本年度は、以下のような成果が得られている。 1)ラマン光測定のための試料準備 ラマン光を効率的に励起するため、ギャップモードによる増強電場を用いる。試料として、銀(Ag)の(001)表面上に吸着させた銅フタロシアニン分子やペンタセン分子を取り上げた。金属探針としては、金(Au)コート探針を用いた。 2)ラマン光の最適観察条件の実験的検討 ラマン光による力を最も高感度に測定できる条件を実験的に検討した。ラマン光による力は、カンチレバーの周波数シフトに現れる変調成分の探針・試料間距離依存性より導出した。 3)近接場ラマン光学顕微鏡の高分解能観察の試み 銅フタロシアニン分子のラマン光の分布を高分解能に観察することを試みたが、信号対雑音比が十分ではなく、明瞭なラマン光の信号は得られていない。信号対雑音比をさらに改善するための方策についての検討が必要とされる。
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