研究課題/領域番号 |
22K19005
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
酒井 広文 東京大学, 大学院理学系研究科(理学部), 教授 (20322034)
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研究期間 (年度) |
2022-06-30 – 2024-03-31
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キーワード | 回転対称性をもつ分子アンサンブル / 超分極率相互作用 / クーロン爆裂イメージング / 波長レーザーパルス用プラズマシャッター |
研究実績の概要 |
本研究では、互いに逆回りに円偏光した基本波パルスと第2高調波パルスを重ね合わせて形成される3回対称な電場トラジェクトリーとBX_3(X=F, Cl, Br, I)の様な点群D_3hに属する分子の超分極率相互作用によって、試料分子の三つの腕を3回対称な電場の向きに揃え、マクロな3回対称性をもつ分子アンサンブルを生成する技術の開発を目指している。円偏光面内に3回対称性をもつ分子アンサンブルが生成されている様子をクーロン爆裂イメージングで観測するための装置は、本研究の開始時までに開発済みであった。1年目は、ナノ秒Nd:YAGレーザーの基本波パルスと第2高調波パルスの偏光状態の最適化を注意深く行うとともに、プローブ用フェムト秒Ti:sapphireレーザーパルスの偏光状態の最適化(できるだけ完全な円偏光が望ましい)を行った。試料として1,3,5-triiodobenzene分子を用い、3回対称性をもつ分子アンサンブルの生成実験に挑戦したが、生成の明確な証拠となるデータは得られなかった。原因は基本波と第2高調波の強度不足にあると考えられる。 ナノ秒2波長レーザー電場をそのピーク強度付近で急峻に遮断することができれば、完全にフィールドフリーな条件下でマクロな3回対称性をもつ分子アンサンブルを生成できる。この目標を達成するための課題は、2波長間の相対位相を乱さないプラズマシャッター技術の開発である。最近までに、ナノ秒2波長レーザーパルスとプラズマ生成用のフェムト秒Ti:sapphireレーザーパルスを真空チェンバー中に生成したエチレングリコールジェットシートに同軸上に集光する位置や角度をチューニングすることにより、2波長間の相対位相を数時間程度安定に維持できることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1年目は試料として1,3,5-triiodobenzene分子を用い、3回対称性をもつ分子アンサンブルの生成実験に挑戦したが、生成の明確な証拠となるデータは得られなかった。原因は基本波と第2高調波の強度不足にあると考えられる。実際、現状では基本波強度 、第2高調波強度 であるが、3回対称性をもつ分子アンサンブルの生成法を提案した論文(H. Nakabayashi et al., Phys. Rev. A 99, 043420 (2019))では、十分なオーダーパラメータを達成するためには、それぞれ1×1012 W/cm2程度の強度が必要であることが示唆されている。これまでに実験手法は確立し、次年度に2波長レーザーパルスの強度を増大して3回対称な分子アンサンブルの生成を目指す方針を立てることができた。 2波長レーザーパルスの相対位相を乱さないプラズマシャッター技術の開発では、主として空調機から出る空気の流れの影響によるエチレングリコールジェットシートの揺らぎを回避するとともに、プラズマシャッター動作時に光路中に残留するエチレングリコール由来のデブリを除去することを目的として、エチレングルコールのジェットシートを真空チェンバー内で生成することとした。エチレングリコールの回収とデブリの除去、及び、真空引きはダイヤフラムポンプで行っている。研究実績の概要で述べた通り、ナノ秒2波長レーザーパルスとプラズマ生成用のフェムト秒Ti:sapphireレーザーパルスを真空チェンバー中に生成したエチレングリコールジェットシートに同軸上に集光する位置や角度をチューニングすることにより、2波長間の相対位相を数時間程度安定に維持できることを明らかにできた。 1年目の研究の実施により、次年度の研究計画を明確にすることができた。進捗状況を総合して「(2)おおむね順調に進展している。」と評価した。
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今後の研究の推進方策 |
マクロな3回対称性をもつ分子アンサンブルの生成を目指した実験では、ナノ秒Nd:YAGレーザーから出力される基本波と第2高調波のビーム径を拡大率2倍程度のテレスコープで拡大し、集光強度を4倍程度以上に増大させて目的の達成を目指す方針である。 2波長用のプラズマシャッター技術の開発では、研究実績の概要で述べた通り、2波長間の相対位相を数時間程度安定に維持できることが明らかになった。ナノ秒レーザーパルスを立下り~150 fs程度で急峻に遮断した後の残留電場成分をレーザー光と分子線の相互作用領域で無視できる程度に抑制できることは確認済みである(J. H. Mun et al., Opt. Express 27, 19130 (2019))。したがって、2波長間の相対位相の安定化と残留電場強度の低減の最適化を進め、2波長レーザーパルス用のプラズマシャッター技術を用いて、完全にフィールドフリーな条件下でマクロな3回対称性をもつ分子アンサンブルを生成する技術の開発を目指す。なお、2波長間の相対位相を乱さないプラズマシャッター技術を非共鳴2波長レーザー電場のみを用いる全光学的な分子配向制御技術に適用することにより、完全にフィールドフリーな条件下で、OCS分子などを試料とした1次元的分子配向制御や3,4-dibromothiophene分子などの非対称コマ分子を試料とした3次元的分子配向制御を実現できる。
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次年度使用額が生じた理由 |
マクロな3回対称性をもつ分子アンサンブルの生成を目指した実験では、ナノ秒Nd:YAGレーザーから出力される基本波と第2高調波のビーム径を拡大率2倍程度のテレスコープで拡大し、集光強度を4倍程度以上に増大させて目的の達成を目指す方針である。このため、次年度にビーム径を2倍程度に拡大するためのテレスコープとそれに伴う光路中の光学部品の交換が必要となった。また、使用しているナノ秒Nd:YAGレーザー、フェムト秒Ti:sapphireレーザー、及び、真空チェンバーを排気するための真空ポンプなどについて、経年劣化による故障に対応するため、修理費を確保する必要が生じた。令和5年度の予算は主として、これらに使用する計画である。
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